自分がヴァニラという女の子を知ってから、何年が経っただろうか。
その間に彼女は身体的にも精神的にも、素敵な女性に成長したと幼いながらもホープは思う。
そしてそれは曲がりなりにもホープにも言えることで、背も伸びたし将来の夢もできた。
願望も、それなりにある。









まんまるい月の夜









(その願いを初めて持ったのは、いつだったかな)

つい最近のような気もする。
日々麗しく成長していく彼女を見るたびに少しずつ強くなっていったから、ずっと以前のような気も。

いずれにせよ、今ホープの胸を占拠するのは、強まったその感情。

(そうだ、丁度、今日みたいな)

ふと視界に入った満月を、ホープは仰ぎ見た。
暗がりの中にぼんやりと、しかしはっきりとした存在感を持って浮かぶ月が、目の前いっぱいに妖しく光る。

そう、あの夜もこんな月だったのだ。

♪〜

「!・・・もしもし」
『もしもし〜!ねえ、今どこ?』
「ちょうど商店街を抜けたところです。ああ、もう少しでヴァニラさんちの傍の公園通りますよ」

今日は部活があったからこっちを通るんです・なんて、聞かれてもいないことを付け加えた。
ホープの放課後は塾か、部活動か、試験前は図書館に寄るくらいだ。
学校の友人たちのように、ゲームセンターに寄ってみたり友人の家に遊びに行くことは殆どなかった。
特に親しい友人がいないわけではないのだけれど、自分のやりたいことや目標のためにしたいことを突き詰めていくと、そのような行動パターンができあがってしまったのだった。

以前それを件の彼女に話したら、感嘆の息を漏らされた。
真面目だねと茶化された後、ホープらしいと微笑まれた。
それで充分だった。

『じゃあ、あたしも今から公園行くから!ね、公園で待ってて?』
「え、でももう」
『家近いから心配無用!それじゃ、またね』

ぷつん。
一方的に切られた携帯電話を見つめながら、苦笑いが出てしまった。
彼女には少し自由というか、悪い言い方をすれば自分勝手なところがあったけれど、それが補われて余りあるくらいには彼女の良さも知っているし、心地よいくらいには心を奪われてしまっていた。

やがて歩いた先に見慣れた公園が、そうして暗闇の中ゆらゆらと揺れるブランコを見つけた。

「ヴァニラさん、やっぱり危ないですよ」
「ありがと。でもほら、ホープがすぐ来てくれたから」

それは結果論でしかないのに、相変わらずヴァニラはけらけらと笑う。

それなりに遅い時間、辺りはすっかり真っ暗で、ぽつりぽつりと道端に立っている街灯がなければ満足に帰路につくこともできないだろう。
故に先ほど電話を切ってから心配できりきりと痛む胸を押さえていたホープの目の前で、しかしヴァニラは心から安心しきっていたようだ。

それは文字通り、ホープがすぐ来てくれると確信していたから。
仮に不測の事態が起こっても、駆け付けたホープが何とかしてくれる、そう信じて。

「僕は白馬の王子様じゃないんですよ?」
「でも、ケーサツよりは頼りになるよ」

カシャン、と小さな音を立て、ヴァニラはブランコから立ち上がった。
そうして目線を合わせられ、もう少しだなと思う。

昔、それこそ初めて会ったときは、彼女の肩口くらいまでしかなかったホープの身長は、今や彼女と同じくらいである。
成長期まっただ中であることを考慮すれば、あと半年もあればあっという間に追い越せるだろう。
そのときが楽しみで仕方がなかった。

「で、何か用だったんですか?」
「そうそう!あのねぇ、これ!じゃーん!」

できればヴァニラが自分を招いた目的をとりあえず置いておいて、少しでも長く一緒にいたかったけれど、とっぷりと暮れつつある初冬の夜、そうも言っていられない。
話が済めば勿論彼女を家まで送っていくつもりではあったけれど、少しでも危険は除外したいと思うのが男心だ。
それがヴァニラのためであるというのならば、尚更。

そういうわけで用件を促してみれば、勿体ぶった末に彼女がポケットから取り出したのは、包装紙に包まれた何か。
テンション高く開けてみて・と促されたので、包装紙を破かないように丁寧にテープを剥がし、そうして目の前に現れたのは。

「イヤホン」

そう、イヤホンだった。
しかも携帯音楽プレーヤー本体はなく、本当にただの、イヤホン。
別に新しいウォークマンが欲しいだとかアイポッドに乗り換えたいだとか、そうした話はしたことがなかったと記憶を巡らし、ますます彼女の意図がわからなかった。
そう音楽プレーヤーといえば、思い当たることは特に・・・。

「・・・ぁ、もしかして」
「ん?」
「あのとき言ったこと、覚えててくれたんですか」

ホープが言うあのとき、とは。
一週間前、帰宅時間がたまたま被り、道端でばったり会ったときのこと。

『ホープでも音楽聴くんだね』
『これ英語のリスニングなんです。結構長く使ってるからイヤホンが摩耗してきて聴きづらいけど、とりあえず聴いてる方が頭に入るんで』

自分は何となく言ったつもりだったのだけれど、彼女は覚えてくれていたらしい。

「それね、セラが絶賛してたんだよ。あ、高校の友達なんだけどね」
「聴きやすいって?」
「うん。だからいいかなって」

黒と白のコントラストが美しい、且つ落ち着いた色模様ですぐに気に入った。
否、例え見た目が好みではなかったとしても、自分は愛用するだろうけれど。

「ありがとうございます。大事に使いますね」
「感謝しろよ〜!なんちゃって」

喜んでくれてよかった・なんてまた満面の笑顔で言うから、ただでさえ喜びで満ちていた心から気持ちが溢れていくような気がした。
些細なことを見てくれたことが、堪らなく嬉しい。

(自由気儘なようでいて他人を気遣うことを忘れなくて、そうだ、初めて会った時も、そんな彼女の気遣いに助けられて、いつもさり気なく助けてくれる彼女を、僕は)

「そんじゃーもう遅いし、行こっか」
「送ります」

それはとても、さりげなく。
ふわりと目の前を歩き出した彼女の、宙を泳ぐ左掌を捕まえた。

「・・・お?」
「もう真っ暗ですねー」

隣から何か言いたげな雰囲気を感じたけれど、敢えて気が付かないふりをした。
さすがに掌を振りほどこうとされれば放すつもりだったけれど、それはないので、続行。
我ながらずるいなぁと思いつつ、初めて故意に繋いだ掌は温かく、柔らかな緊張を伴った。

「・・・こうも暗いと、通いなれた道なのに」
「え?」
「迷いそうです」

ヴァニラの家をまっすぐ目指しながら、ついそんなことを口にする。

何かしら伝わればいい、そう思いつつ、もし二人の大切な繋がりが壊れてしまうならば何もかも水に流してほしいと思う。
虫が良い話だ、が、賽を投げたいと思っていたことも事実だから、まだ少し尻込みする気持ちを奮い立たせて握る力を強めた。

せめてヴァニラの家の前に着いたとき、優しく手を放し別れの挨拶を格好よく伝えられればいい。
ホープの神経は、その一点に集中していた。









おわり









恋の道に迷えばいいよ☆とか、無責任に感想を述べてみます。笑
ヴァニラへの気持ちに気づいたホープくんはかっこいい反面かっこわるいんだろうなー。そしてヴァニラは奔放にいつまでもホープくんを振り回してほしい!
(20121110)
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