満点の星空が零れそうに見えたので、もしそんなことが起こったら勿体ないなぁと、どこか眺めるような気持ちでヴァニラは思った。

今彼女は自室のベッドの上で、窓の縁に肘をついて外を見ていた。
傍らには携帯電話が無造作に放ってあり、しかし特に誰かからの着信を待っているということもない。
幼い頃両親をなくした彼女の唯一の家族であるファングは、今日は遅くなるから先に寝ていてくれと朝言われていたので、もうこのまま眠るつもりだった。

今日はとても楽しかったと、思い出すだけで膨らむ気持ちを持てあましながら思う。

久しぶりにホープに会ったのだ。
小学校を卒業してから、なんだかんだでお互いに忙しくて疎遠になっていた男の子。
その彼と、中学校の帰り道にばったり会ったのだった。

学年も違うし家が近所の訳でもない、しかし二人はそれなりに仲が良かった。
きっかけは何だったのだろうか、確かヴァニラが小学5年生のときの運動会で同じ係であったことであろうかと、うすぼんやりとした記憶を手繰る。

(そうだ、同じ受付の係で・・・人数も少ないから、話す機会も多くて)

ぶかぶかのジャージを着て、おどおどしながら集合場所に現れたホープは、とても頼りなかった。
そうだ、甘えたがりの自分でさえ、この子を助けてあげようと思ったくらいに。
そうして色々と世話をしていくうちに、ホープが実は聡明な子であることがわかり、たまに助けられたりしたのだ。

運動会が終わっても、親しくなった関係が消えることはなかった。
正しくは運動会が終わった数日後に廊下でばったりとはち会い、しかしお互いに友人と一緒にいたせいで声をかけづらそうに目を反らしてしまったホープに、しかしヴァニラは気さくに声をかけたのだ。
そのときのホープははっとしたように顔を上げて、どこか気恥ずかしそうに・・・しかし、とても嬉しそうにしてくれた。

(結構思い出せるんだなぁ、自分でびっくり)

休みの日も、片手で数える程度ではあるが一緒に遊んだことがあった。
放課後にばったりと会えば、一緒に帰ることもあった。
しかしそうしていると、冷やかしが大好きな友人からはからかいの的にされてしまった。

「ヴァニラちゃんは4年生のエストハイム君と付き合ってるの?」
「うえぇ?」

思わず変な声を出してしまったのは、ヴァニラがまだ恋愛に全く興味がなかったから。

(そうだ、ホープと一緒にいたのも、他の子たちと一緒にいるよりも楽しかったからで、そういう好きなのかは・・・正直、今もわかんない)

それなので卒業式に会話をして以来、偶然会うことがなくなってしまったこともあり、一度も会っていなかったのだ。
以前一緒に遊んだときに交換した携帯電話の番号も、特に“用事”がないためにかけることもできない。

(だって、かけて、どうするの?今日は会えて嬉しかったとか?そんなの変でしょ。帰り遅いんだねとか?そんなのさっきも聞いたもん、塾だって言ってた・・・)

ふう。

恐らく、3ヶ月ぶりであった。
3ヶ月見なかっただけで・・・、どこか、別人のようにも感じた。
否もしかしたら、3ヶ月間新しい環境に身を投じてから懐かしい場所で今も生活している人に会ったから、新鮮さを感じたのかもしれなかった。

(・・・でも)

それだけでは、ない気がする。

♪〜

「!」

物思いに耽っていたところに、突然大きな音で音楽が流れ出したので思わずびくりと肩が上がってしまった。
電話の着信だ、と自覚するのと同時に、ヴァニラははっとした。
携帯電話の画面には、まさに今考えていた人の名前が映っていたからだ。

「も、もしもし?」
『あ、僕です、ホープです』

声がひっくり返りそうになったが、何とか大丈夫であった。
しかし電話越しに聞こえるホープの声もどこか緊張しているようで、小さく笑ってしまった。

『・・・すいません』
「ん?」
『特に、用事があったわけではなかったんですけど・・・』
「・・・うん」

申し訳なさそうなホープの声を聞いていたら、ヴァニラには余裕が出てきてしまった。
耳には、どうにかして言い訳をしようとしているホープの唸り声が聞こえてくる。
別にそんなのしなくていいのに、と言ってしまいたかったけれど、苦悩しているホープを想像するととても可愛らしかったので、そのままにしてしまった。

「ねえ、ホープ?」
『は、はい?』

でも折角電話をしてきてくれたのだから。
その勇気に免じて、自分も素直にならなければいけない、否なりたいと思った。

「今、空見える?」
『え、空ですか?はい、今部屋にいるんで・・・窓から』
「ふふ、一緒だね。・・・ね、空」

星がとっても、きれいだね。

ヴァニラは笑ってしまった。
きっと今頃、ホープは困ったような顔をしているのだろう。
何故いきなり空の話題になったのかわからなくて、またヴァニラがどういう意図でそんなことを言ってきたのかがわからなくて、一生懸命その賢い頭脳で考えているのだろう。

(ごめんね、答えなんてないよ。だって一緒にこの空を見られたら素敵だなって、思っただけだから)

『そうですね』
「!」

すると存外、普通の答えが返ってきた。
もっと別の、「どういう意味ですか?」とか、「ええっと?」とか、悩んだ末の疑問符が返ってくると思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。
しかし続けて言われたホープの言葉に、ヴァニラは二の句が継げなくなった。

『せっかく綺麗な空だから、ヴァニラさんと一緒に見たかったです』
「・・・」
『さっきお会いしたときはまだ明るかったですもんね、残念だ・・・、ってヴァニラさん?』
「へ?」
『聞いてます?』

頬が、熱い。

「・・・聞いてるよ・・・」

携帯電話を持っていない右手で、必死に頬を押さえた。
熱すぎて、電話越しに熱が伝わってしまうのではないかと心配だった。
でもお腹の底から、不思議な気持ちが沸々と沸き上がってくるようで、それが何とも快かった。
その気持ちの正体ははっきりとわからなかったけれど、その気持ちによって自分が後押しされる行動には素直になることができた。

「ねえホープ」
『はい?』
「次の塾の日はいつなの?」
『えっと、明後日です。週に3回なので、大体一日おきで』
「そっかぁ、・・・じゃあ、明後日の帰り道も、きっと会えるよね」
『え』
「そのとき、一緒に空、見よ?」

3秒後に聞こえた「はい」という返事は、面白いくらいにひっくり返っていて、笑ってしまった。









満天の星空の夜









ちゃんとヴァニラの出てくるホプヴァニが書きたい!と始めたら、何故か現パロになりました。本当に何でだ。
攻略本とか全然見ていないので実際何歳差かとかがわからず(クリスタルだった期間は除いた身体的年齢差?みたいな)、このお話ではとりあえず2歳差にしております。しかし意外と面白かった・・・!です!
20120813

 

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