「せーんぱいvこれあげます!」
「え」

出勤するなり笑顔でアリサが投げてよこしたのは、可愛らしくラッピングされた両掌に収まる程度の箱だった。
徹夜明けで、慣れているとはいえ朦朧とした意識であったホープは目の前で分身したかに見えた物体を、しかし寸でのところでしっかりと受け止め、これは何かと視線だけで訴えた。

「日ごろの感謝を込めて、です!まー、それだけでもないんですけど」
「はあ・・・ありがとう」

がさがさと包みを開いてみれば、現れたのはハート型のチョコレート。
ピンクのチョコペンで“LOVE”なんて冗談めかして書いてあった。
冗談めかして・というのは飽くまでホープの感想で、勿論アリサは冗談なんてことは全くなかったのだけれど。

「・・・ああ、今日は」

そんなイベントもあったなぁ、なんて。
思った瞬間思い出したのは、クリスタルの中で眠る彼女の笑顔だった。









メルティング・チョコレート









「というわけで、来ちゃいました」

へへ、と言いながら、ホープが座ったのは天高くコクーンを支える巨大なクリスタルの根元だった。
今日は研究中毒なホープにしては珍しく休暇を取り、着いてくると粘ったアリサを何とか置いてきての一人旅だ。
サンレス水郷ののどかな草原で、はにかみながら仰ぎ見た。

「甘いもの好きだったなって思って。・・・ああ、ファングさんには申し訳ないですけど」

呟きながら、ホープが背中に背負っていたバッグを漁る。
程なく取り出したのは、これまた可愛らしい包みの箱だった。

「あ、勿論後輩から貰ったものとは別ですよ?さすがにあれは自分で食べました。これは、その後自分で買ったんですよ」

女の子たちに混ざって。
だいぶ恥ずかしかったですけど、はは。

おどけて笑い、一息吐く。
そして考える。
この声は、果たして届いているのだろうか、と。

「まあ、届いてるわけ、ないですよね・・・」

以前、彼女たちと旅をした日々を思い出す。
そしてその旅の最中、ヴァニラたちが長い間眠りについてたという話を聞いたあと。
クリスタルとなっていた間の記憶はあるのかと、軽率にも質問してしまったのだ。
それでも微笑しながらヴァニラが答えてくれたのは、否。

(あれももしかしたら、思い出すのが辛くて誤魔化すためにそう答えたのかもしれないけれど)

今となっては確かめようも、ないけれど。

(いやいや何を考えてるんだ僕は・・・いずれ必ず二人を助け出して、ライトさんだって見つけて、・・・)

ごろんと寝転がりそんなことを云々と考えていたのだけれど、どうしようもうとうととしてきてしまって。
日頃の疲れもたまっていたのだろう、いつの間にかホープは眠りに落ちてしまった。

その、刹那。
ざあ・と音がするほどのつむじ風が、ホープが眠る草原に舞い降りた。

しかしホープは目覚めない。
代わりに不思議な夢を見た。

頭を撫でられる夢だ。
誰に、とかいつ、とか、そういうことはさっぱりわからなくて、ただ優しくて温かい手に撫でられていることだけをひたすら感じる夢。
とても幸せで、嬉しくて、満たされて、泣きそうな気持ちになった。

「・・・」

ふと、招かれるように目を開けた。
その瞬間に夢の内容はぽっかりと抜けてしまったのだけれど、そのとき感じた感情と、いつの間にか流していた涙だけは気がついて。

「・・・?」

何が何だかわからなかったけれど、このクリスタルの近くで眠ったことで少しセンチメンタルになってしまったのかもしれない、なんて結論に至った。
もしかしたらヴァニラの夢でも見たのかもしれない、とも。

「覚えていたかったなぁ、・・・あれ?」

ふと、手元の持参したチョコレートを見る。
まだ包みすら開けていなかったけれど、身体のすぐ横に置いておいたそれは少し場所が変わり、クリスタルまで飛ばされていた。
まるで、クリスタルの方から誰かが引き寄せたかのように。

「・・・なんちゃって」

ゴミになってしまうから、本当は置いていきたいがチョコレートは持ち帰らなければならない。
すいません、と一言言いながらチョコレートを回収し、バッグにしまう。
どのくらい眠ったかはわからなかったけれど、元々一日も休暇を取るつもりのなかったホープは、午後は仕事に出るためにさて・と腰を上げた。

そのときふと、それが目に入った。
紅葉した葉が2枚重なり、その上に桃色の花びらが降りかかっていた光景が。

(よくよく見れば辺り一面葉っぱが散らかってる。きっと僕が眠っていた間に大きな風が吹いたんだろう。そのせいでチョコも吹っ飛んだんだ・・・)

そう、偶然。
ただの偶然で重なった紅葉が、なんだか、ハートの形に見えた。

(こういう日だから。チョコを持ってきたから。あわよくばヴァニラさんに、食べてほしかったから)

おもむろに、ホープはまたバッグを下すとその中から先程のチョコレートを取り出した。
そして開けていなかった包みを丁寧に広げ、一口大のチョコレートが三つあるうちの一つを手に取る。
それを高々と空に向けながら、「いいですか」と声をかけた。

「とりあえず今回は、代わりに僕が食べます。いつかちゃんと、あげますからね」

ふわりと優しい笑顔を向けながら、ぱくりと口に含んだ。
元々自分で食べる予定だったので、苦みの利いたチョコレートを選んでいたため食べやすかったのだけれど、何だか申し訳ないことをしたなと思った。

来年はうんと甘い味の、デコレーションがごてごてにされているチョコレートを持ってこよう。
そう思いながら、ホープは先の2枚の赤い葉を回収した。
チョコレートではないけれど、これを持っているとまたあの何とも言えない感情を味わえると思ったから。

相手に対して日頃の努力を労い、感謝を伝え、ついでに愛情をも送る日。
ホープはとても満足した気分でもう一つチョコレートを食べたのだった。









おわり









何か書きたい!何か書きたい!何か!という執念のもと、とりあえず時事的なバレンタインネタを無理やり13でやってみました。ほんとはLR軸でやりたかったんですが、なにぶん現時点で8日目までしか終わってないので^^;;
かわいいんだよホープ〜!ホプヴァニ!この話ではファングが温かく見守っております。笑
(140202)
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