色々な時代の、色々な季節を旅するものだから、いつも同じ服装でなんていられるわけもなかった。
だからゲートをくぐった途端に大急ぎで近くの民家や建物に飛び込むことも珍しくなかったし、どうしようもないときは魔法の呪文を唱えて急場をしのいだ。

「お姉ちゃん、ヴァルハラから見守ってくれてるなら、パッと服も替えてくれればいいのにね?」
「同感。モグ、ちょっとひとっ走りヴァルハラまで行ってきてくれ」
「無茶言うなクポ!」









狡さと弱さと愛おしさと









「しっかし・・・広いねぇ、大平原」

周囲のモンスターをあらかた倒し、一息吐きながらセラはノエルを振り返った。
しゃん・と音がしそうなくらいのスピードで剣を一振りし、そこに絡みついた草や土、血を飛ばしたノエルは、笑顔で応じながら「確かに」と返した。

「最初は果てすらないのかと思った。あの崖を見たときは圧巻だったな」
「そうそう!二人して見入っちゃったもんね」

話しながら、そういえばこの辺りが件の平原の果てである崖であったような気がすると思い当たった。
ノエルの方を見ながら歩いていたセラは、それ故に歩いている先を確認しようと目線を逸らそうとしたのだけれど、叶わなかった。

思いがけずふと、目を奪われてしまったからだ。

「圧巻・・・見て、セラ。空が焼けてるみたいだ」

無邪気に空を見つめるノエルの向こうに、隔てるものが何一つない草原と空が広がっている。
茜色に染められて、風にそよぐ草も、雲が流れていく空も、ノエルさえも、全て赤く優しく染め上っている。

(昔スノウとボーダムの夕日を見たときは、世界も私たちも燃えてるみたいだった)

何が違うのかな、と思いながら、もう目が釘付けになってしまって仕方がなかった。

ブラウンの少し混ざった黒髪、健康的な褐色の肌、鮮やかに染め上げられた服の刺繍、白い歯、瞳、唇、全て。
優しい穏やかな、赤。

「、セラ!」
「えっ」

何、と一つ尋ねることもできず、突然の衝撃がセラを襲った。
気がついたときには少しの身体の痛みと、柔らかい温かさが全身を包んでいた。









「全く、どこへ行ったんだ、あのモーグリは!」
「うん・・・ごめんね」
「いいから、もう謝らなくて」

二人が今いるのは崖の中腹部だった。

崩れかけた足場に足を取られたセラがまず落下し、底がどことも知れないように思えた崖から落ちたら即死を免れないことは一目瞭然だったために、真っ青になったノエルが次の瞬間走りだしダイブ。
助走をつけたために途中でセラを捕まえたノエルは、すぐさま身を翻してでこぼこした岩場に捕まろうとしたが、土台落ちていくスピードの中では無理な話で。

万事休すかと、せめて受け身くらいは取っておけば何とかなるかもしれないとセラを両手で抱きしめた瞬間、思いのほか早い衝撃が二人を襲ったのだった。

「しかし助かったな。足場があって」
「ほんと・・・奇跡としか言えないよね。ね、もう痛いとこない?大丈夫?」
「大丈夫。これだけケアルかけてもらえれば何てことない」

不幸中の幸いで、中腹部に少し飛び出していた足場に落ちることができたのだ。
そこは大人二人が漸く横になれるくらいの幅しかなかったのだけれど、存外二人分の衝撃にも耐えられるだけの丈夫なものであったようで、とりあえず二人は今そこに留まっている。

既に怪我は治っていたけれど、落下の衝撃は数分ノエルの意識を奪い、その間セラは必死で回復魔法を唱えることになった。
漸くノエルが目を覚ましたときにはセラはぼろぼろと涙を溢していて、逆にノエルがぎょっとしてしまったくらいだ。

そうこうしているうちにすっかり陽は落ちてしまい、この状態で崖を昇っていくのは危険と判断した結果、明日の陽の出を待つことにしたのだ。

「それにしても・・・」
「寒い、な」

ゲートをくぐってこの大平原に来たときは、ぽかぽかとした陽気で特に服装チェンジなど必要なかった。
しかし陽が落ちた今、どうだろう。
砂漠によくありがちな、夜になると冷える現象が今、起きていた。

「セラ、もっとくっついて」
「へっ」
「平時の服で来ちゃったんだから仕方がない、体温で温まるしかないだろう」
「う、うん」

何てことはない筈なのに。
これが例えば、昨日の夜だとしたら、何の抵抗もせずむしろ自らノエルに抱き着いていたかもしれない。

しかし今脳内にフラッシュバックしたのは、燃えるような夕日に照らされて笑う、スノウの顔。

(・・・あったかい)

でもその映像も一瞬で、狭くて危ないためか力強く抱きしめてくる腕の中の、安心を与えてくれる温かさに心奪われる。
ちらりと顔をあげると、そのまま頬がくっついてしまいそうなくらいに近い場所に、精悍な青年の顔があった。

先程は穏やかに優しい赤。
今は、妖しささえ携えて、夜の黒を帯びて。

(それでも私を放さない)

それは、当たり前のことなのだけれど。

ちらちらと今日は脳裏に浮かんで仕方がないあの人の顔を、初めて故意に忘れようと思った。
そんな自分に気がついて浅ましく思ったのだけれど、ノエルが気を遣って自分の方へ抱き寄せる度に、そうした自己嫌悪すらどうでもよくなってきてしまう。

ずっと顔を見ていないから、ずっと会っていないから。
それは人間として、至極当然のことなのかもしれないのだけれど。
自分もそうした人間であるとは、できれば自覚したくなかったかもしれなかった。

(だって、大切な誓いが・・・、あ、あれ?)

無意識に胸元にぶら下げている恋人との誓いの証を手探りで探した、のだけれど、いつもそこにあったネックレスがどこかへ行ってしまっていた。
さすがに慌てたのだけれど、どうやら先程空中でひっくり返り、チャームが背中の方へ回ってしまっていたらしい。
シャラ、と聞きなれた音がして安心し、また安心してしまった自分に嫌悪した。

(バカだなぁ・・・あたし)

いつかのように目の前にノエルとスノウが並び、自分に向って手を差し伸べたとしたら、自分は一体どちらの手を取るのだろうか。
そんな吐き気のする考えが頭を過ったのだけれど、悲しい哉今は答えを出せそうもなかった。

それがまた、自分の浅ましさを表しているようで苦しくて仕方がなかったのだけれど。
とりあえず今は、どうしたってこの腕を振り払うことは絶対にできない。

(お姉ちゃん、呆れるかな、こんなあたしのこと)

大好きな姉のことを考えながら、自分を包む腕にしがみつく。
なるべく自然に、依存してしまいそうな心を悟られないように、暖を取ろうとする行為に全てを隠して。

(見ていても、それでもどうか今だけは、このままでいさせてね)

そうしてそのまま隠れてしまえばいいと希いながら、瞳を閉じた。









End.









甘い匂いのする薄桃色の髪の毛に顔を埋め、その深い呼吸を感じた。
狭いから・寒いからと心の中で何度も思いながら、細い肩を強く抱きしめる。

隠してしまいたいのは、隠れてしまいたいのは、同じだった。



















後ろめたいノエセラ。たまには後ろめたいと思うんだ、二人とも基本まじめだもんね!ふっきれるのはどちらが先かなとか考えるのも楽しいのです。笑
それにしても、大平原が好きですいません・・・笑
(20130207)
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