それは、ある日の前夜。


「れ、練習が必要なわけよ、こういうのって」
『そうなの?』


飛空艇で日々飛び回る必死な形相の少女と、南国の陽気が包むビサイドに腰を落ち着けて久しいおっとりとした笑顔を浮かべた少女が、スフィア越しに顔を向き合わせていた。









真剣勝負









素直に疑問符を浮かべた従姉妹に対して、リュックは少しだけ、ほんのすこーーーしだけ、“ムカツキ”だった。
何故なら目の前の彼女は、今彼女の大好きな人と心から結びつき、幸せに暮らしているのだから。
今の自分にしてみれば、羨ましいことこの上ない、雲の上の人のような存在であるわけだ。
だからリュックは半ば唸るように、叫ぶように、キャンキャンと吠え立てた。


「そうだよー!普通そうだよー!ユウナんはどうだったわけ!なんとなーくくっついたわけ!」
『何となくって・・・うん、・・・えへへ、・・・』
「あ、ちょっと、回想してないで、帰ってきてユウナーん!」
『あ、ごめん』


これだ、すぐこれだ、彼女は。
まさか共に肩を並べて世界を破滅させんとのさばっていたあのシンを討伐する旅にあったときは、彼女がこれほどまでに幸せに鼻の下を伸ばして惚気るとは思いもしなかった。

いや、幸せに浸りすぎてふやける分には構わないのだ、こちらが無意識に眠気を催して船をこいでしまうくらいに惚気ても本当はいっこうに構わないのだ。
だって彼女はまだ20年も生きていないのにも関わらず、スピラを二度も救った救世主なのだから。
彼女が掴み取った、或いは守った幸せな日常生活の中で優しい愛に身を委ねている現状は、リュックにとっても幸せなことなのだから。

だから何故今これほどまでに“ムカツキ”状態なのかといえば、やはりやっかみでしかない。
羨ましいことこの上ないからでしか、全く以てないのだ。


「あたしもその感じ、わけてほしーなー」
『きっと大丈夫だよ』
「何の根拠もないじゃん!」
『根拠・・・そうだねぇ、はっきりないけど』


ぐっさり。
刺さった、刺さったよ、ユウナん。
リュックは口には出さずこそすれ、べっこりと凹んだ精神を何とか持ち直した。


『でもね、上手くいく気がする』
「何でそんな自信ありげに言うのさー?」
『んー、女の勘?』
「ユウナん・・・」
『あっ、バカにしてる!?ホントなんだよ、この間だってね、彼が練習サボって帰って来ちゃったとき・・・』


期せずして、また惚気話に突入してしまった。
最近のユウナはそういう意味で危険である、どのような言葉や行動がきっかけになりスイッチになり、大好きな彼の話をし出すかわからないから。
数日前スフィアで会話したワッカも、ユウナとティーダがバカップルすぎて胸やけがする、などと言っていたものだ。


『・・・ってわけだからね、私の勘は当たるっすよ!』
「ふーん」


最早流し聞き。
しかしユウナは少し怒ったふりをしただけで、別段気にしていないようだった。
彼女も些か自覚症状があるのだろう、彼女の恋人とは違って。


「じゃあ、ねえ、今からちょっと言ってみるから!ユウナんあいつの役やってね!」


そうして頃合いを見計らい、リュックは本題に入った。
このスフィア越しの会話は、そもそもリュックが繋げたもの。
その相談というのが、つまりは練習のためだ。


『いいけど・・・どういう風にすればいいかな。聞いてればいい?』
「基本的にはそう!でもいきなり言うわけじゃないから、最初の会話とか想像して言って!」
『ええ、難しいなぁ』


練習内容というのはつまり、突然単刀直入に用件を言うには抵抗があるもの。


「やって!がんばって!お願い!じゃないと明日絶対舌噛む!赤くなる!!」


そして彼女にとって練習しないことには、絶対に舌を噛んでしまうし赤くなってしまうもの。


『しょうがないなぁ。がんばるっす!』
「あんがとユウナん!」
『じゃあいつでもどうぞ〜』


だからつまりは、そういう練習なわけだ。

既に些か頬を紅潮させたリュックは、先ほどまで感じていた“ムカツキ”なり羨ましさなりを全て忘れ、おほんと太い咳払いを一つして、居すまいを正した。
そうしてふんわりと笑みを浮かべながらも真面目な表情で向き合ってくれた従姉妹を相手に、練習を開始した。


「・・・よ、よっ!暇だから、手伝いに来たよ!」
『よ、よおリュック、元気かよ〜』
「あーーーっ、ユウナん!あいつはあたしのことリュックって言わないよ!」
『え、あ、そういえばそうだっけ?』


練習は発話10秒にして、失敗したようだ。
特に気にせずとも続ければいいのに、完璧主義のせいか緊張の張りつめた糸のせいか、少しのミスも見逃せなかったようだ。
しかしそんな呼称など、第三者が完璧に把握している筈がないというのに。
リュックにとっては大事なことだったこともあり、どうにも捨て置けなかったようだ。

しかし中断されてまで注意されたのにも関わらず、スフィア越しのせいで歪んで見えるユウナの顔が、はっきりとしたり顔になった。
あのユウナが、したり顔である。
何事かとも思ったし、驚いたし、嫌な予感もしたし、しかし同時に何故か気持ちが逸るような感じも味わった。
まさに、何事か面白いことを始める前のような、高揚感にも似た感触だった。


『あれ?だけどこの前は・・・』
「え?この前?」
『うん、この前ジョゼに用事があって、彼と一緒に行ったのね』
「うん」
『そのときギップルさんに会って、少しリュックの話になったんだけど、そしたら』


ガチャ!


「リュック!」
「っ、おわあああああ!!!」
『!』


まさに突然、だった。
リュックの背中越し、つまり彼女の個室のドアが前触れもなく、しかも勢いよく開いた。
そして何故かそのドアの向こうから現れたのは、彼女がこうまでして練習して明日戦いを挑もうとしている男だった。


「ななな、何であんたがセルシウスにいるわけ!」
「用事があってな。それよかお前、今ジョゼがどうのとか言ってなかったか?俺に用事?」
「い、いやいやいやいや、な、何でもないっ!!!」
「あ、そ」


何とか誤魔化したリュックは、それまでの会話が目の前の彼にばれていないらしいことを悟り、ほっと胸を撫で下ろした。

対するその彼は、リュックの背後にある通信中のスフィアに気がつき、更にはそのスフィアに映っているのがかの偉大な大召喚士様である事にも気がつき、ひょいと片手をあげて軽く挨拶をした。
ユウナもまた、いつもより若干濃い笑顔を添えて、軽く会釈をして挨拶をした。

「やあ、ユウナ様。お久しぶり」
『うん、久しぶりギップルさん。・・・あのね』
「ん?」
『おいしいとこだけ聞こうとするのは、よくないと思うよ?』
「っ!!!」


先ほどのドアも不意打ちであったが、これもまさに、不意打ち。
ギップルは一瞬隻眼を丸くし、思わぬ動揺のせいで思い切り息を飲んでしまった。
そして飲み込みすぎたせいで気管に必要以上の空気が入り込み、無様にむせた。
その隣でリュックはといえば、事態が飲み込めず、大きな疑問符を浮かべながら思い切り首を捻っている。


「?何のこと、ユウナん?」
『何でもないよ』


そしてユウナもまた、彼のせめてものプライドを立ててやるために、からかうことをそこで打ち止めてやった。
そうでなくても既にバツの悪そうな顔で自分を見ているギップルである、効果はあったと判断したのだろう。

だから、これは今思いついたことなのだが、二人のために人肌脱いでみることにしたのだ。
何よりも、明日今持っている全ての勇気を振り絞ろうとしていた可愛い少女のためだ。


『それより明日、二人でルカ来ない?』
「え?」
「え!?」
『オーラカ対ゴワーズの観戦チケットが2枚余ってるっす!』
「・・・」
「・・・」
「「行く!」」










「あれ、ユウナ通信終わったの?」
「うん」


一日かけて流した汗をシャワーできれいさっぱり流してきたビサイド・オーラカの不動のエースことユウナ様の最愛の恋人は、いつになくにこにことしている彼にとっても最愛の恋人に対して、そんな言葉かけをした。
通信相手はあのおしゃべり大好きな少女だったから、てっきりまだまだ話が盛り上がっていると思っていたのに、少しばかり拍子抜けしてしまった。


「あのね、リュックは真剣勝負を挑もうとしていたのに、肝腎の対戦相手がズルしようとしてたから、セーフティのために通信を終えたの」
「は?勝負?リュックのやつ、誰かと戦うッスか?」
「そうだよ、明日」
「明日!?そりゃまた急だな・・・俺も応援の通信入れよっかな」
「それよりも、明日のゴワーズ戦、緊急にチケット2枚取れるかな?」
「え?」












だあ!今日は!腹が立った!
何と言ってもあれだな!ギップルのやつの顔を、二日連続で見てしまったから!だ!
しかもあいつ!今日は気持ち悪い顔していたぞ!
にやにやして、気持ち悪かった!
用事で致し方なく面を拝まねばならんとはいえ、気持ち悪かった!
あと!無闇にリュックのそばに、立つな!
別にシスコンとかじゃ、ないぞ!
ただ!目障りなだけだ!むん!


二日後、アニキのイライラとした叫びがセルシウスのブリッジに響いたが、ダチとたまたま居合わせたマスターによって綺麗に無視された。
カモメ団の紅一点はといえば、その日はたまたまジョゼに用事があり、休暇を取っていた。









おわり









前サイトの拍手に置いていたお礼文を加筆しました^^テーマは告白前夜!しかしギップルさんは不正を働こうとしたため(笑)、公平な審判がストップをかけたわけです☆本番もうまくいった、わけですとも!ブリッツ観戦デートはご想像にお任せしますv
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