退屈な毎日が続いているかと訊かれたとしたら、ギップルは緩く笑いながら「否」と唱えるだろう。
何故なら彼は最も興味があり一生探究していかんとする工学系の大学に通い日々研究に勤しんでいるからだ。
その中で人一倍の熱心さと努力で教授に負けじとするような論文を書き上げてしまったのはついこの間の話である。
また、生まれ持った端正且つ精悍な顔の造形と人懐こい性格が効を奏し女性にも困ったことはなかった。
そのように、とにかく充実した生活を送っていたからだ。

しかしそれでは満足しているかと問われれば、やはり「否」を唱えるかも知れない、やはり笑いながら。

他人に言わせれば充実し恵まれている状況ではあるが、しかし何かが足りないとも感じてしまっていたのだ。
その足りない何かが何であるのかはまだわからない、が、何故か死ぬまで埋まらないような気もしていた。
そのあやふやな確信は軽く失望を感じさせられたが、人生なんてそんなものだろうとも思っていた。
100パーセントの人生なんてあり得ない。
今はそれに近いかも知れないが、この先は恐らく適当な女を捕まえありふれた平和な家庭を築き、それなりの会社で定年まで働くのだと信じている。

それでいいと思った。
否思っていたのだ、あの瞬間までは。









Cigarette Kiss
〜Who are you, girl?〜 1










「あー、しんど!」

大きな音を立てて派手に部屋のドアを閉め、ベッドにバッグを投げ捨てた。
まだましな日であれば、ここが学生から家族連れまでが暮らすアパルトメントであることを思い出し、こんな夜中に騒音を出すような行動はしない。 だがしかし今日は丸一日研究室に軟禁されていたような状況で、身も心も磨り減るほど疲れていたのだ。
だから仕方がない、とも思う余裕がない擦り切れたような精神のまま、とりあえず万年床に突っ伏した。

数分経ってから漸く起きあがり、朝から部屋に篭っていたどんよりとした空気を窓の外に追い出し、深夜の湿ったしかし涼しい空気を迎え入れた。
ついでに自分の体内にも溜まっているらしい淀んだ空気も窓の外に向けて一息に吐いてから、懐の煙草を取り出した。
ヘビイスモーカーではなかったが、朝昼夜の喫煙が習慣化する程度には嗜んでいた。
今吐き出したばかりの二酸化炭素の代わりに、灰色の煙が吸い込まれていく。
すう、肺を巡回した煙はまた鼻の穴から抜けていく。
身体に毒と言うが、気持ちを安定させてくれる煙草は彼にとって正に精神薬である。
そうして心は今日の疲れを緩和させた、が、身体はそう簡単にはいかない。
まずは固くなった筋肉を解すべく、風呂に入ることにした。

窓を網戸にして軽くシャワーを浴びながら、ようやく心身共に解れていく感覚が湧いてきた。
裸であるからというだけでなく、素晴らしく開放感を味わえたのだ。
風呂とはいいものだ、なんて、別に湯に浸かっているわけでもないのに、ただのシャワーで今日一番の幸せを噛みしめながら痛感していた。

「はー・・・」

そうしてとりあえず幸せになった彼は、二酸化炭素も、煙も、酸素さえも、全て吐き出して、空っぽになったような気分である。
しんしんと暖まってきた身体にタオルを一枚巻き、リビングに戻ってテレビをつけた。

最早通販番組やB級映画しか放送されていないような時間帯であったが、それでも眺めているのは楽しい。
その日は安い(と感じるのは飽くまでギップルの感想であったが)恋愛映画が放送されていて、使い古されたようなセリフの数々に思わず笑ってしまった。
半分は、考える力が抜け落ちていたために箸が転んでも笑える精神状態であったから。
もう半分はそんな場面ある筈がない、と自分でツッコミを入れる気持ちから。
だがしかし、それなら普通の場面で心から愛し合う二人がどのような会話をやりとりするのかと問われたら、言葉に詰まってしまうだろう。
それがどういうものなのか、19年も生きてきて未だによくわからないのだ。

彼はそう、実際の恋愛でもそうだった。
女性とそうしたお付き合いをする中で、最初から身体と気持ちが興奮し、自分を見失ってしまうようなことは皆無に等しかった。
まだ恋愛に不慣れであった頃に幾度かあったか・という程度である。
しかしその数回は・・・あまり宜しくない言い方ではあるが、決して相手に溺れた訳ではなく、欲望を行為として昇華できる未知の体験に興味があり、またその行為において精神をコントロールできなかっただけである。
相手に心の底から惚れ込めない・・・それは何かが足りないからなのだろうが、今の彼にはわからなかった。

いつの日か誰かに盲目になれる日が来るのだろうか。
そのような期待は、しかし大してしていなかった。
何の意図もなく、生理的に溜め息を吐いた、そのときである。

ば た ん !!!

「!?」

一瞬の出来事だった気がする。
一度に起こった出来事のように感じてしまったのは、そのときギップルが虚をつかれてしまったことと、あまりにもあり得ないような事が一度に起こったからである。

まず耳をつんざくような大きな音が聞こえた。
次いで、つんざくついでに大風に煽られたかのように網戸が目の前を吹っ飛んでいった。
極めつけは、何と目の前に一瞬で金の川が広がったのである。

(川?)

川に疑問符を打つよりやはり早く、また思うより早く、その感覚が彼を支配した。
否感覚と言うよりも、感触と言った方が正しいかも知れない。
その感覚はそう、女性と戯れに触れ合うときの、あれだ。
若干の余裕を取り戻した今ならわかる、これは。

(髪の毛・・・閉じた瞳・・・女!?)

あり得なさすぎるものが突然出現し、状況についていけない。
何故自分は、ぼうっとテレビを見ていた一瞬後に、どこぞの金髪の女とキスを、そう、キスを!しているのか。

しかもこの女、油断していた間に舌まで捻りこんできた。
さすがに押し返そうとしたのだが、どこか必死に食らいついてくる女の表情を間近で見ていたら、それも悪いような気が何故かしてしまい、甘んじてキスを受け入れていた。
だがしかし、意味がわからない。
何がと問われれば、総てが。

「はー・・・」

一方、突然現れるなり問答無用でキスを仕掛けてきた女は、満足そうな声をあげながら顔を上げた。
そこでやっと、その奇怪な女とギップルはきちんと視線を合わせた。

大きな緑色の瞳が印象的な、年の頃は自分より2〜3は下であろう女、というよりは少女は、ぺろりと口端を舐めてそう宣った。

「ごちそうさま・・・」

ばかげたことをぽつりと口にしたその女は、それきりぱたりとギップルの胸の中に倒れてしまった。
さて困ったのは、考える間もなくギップルである。
これは、どういう状況?
考えても考えてもさっぱりわからなかったし、また訊こうにも問題の女は気を失って・・・というよりも、爆睡中だし。

「あ、俺、疲れてんだな」

そう思うとしっくりと合点がいってしまった。
そうだ、今日は一限目の授業が始まる前からずっと実験室に篭もりっきりだったし、夢中になりすぎて休憩もろくに取らなかったし、結果帰ってこられたのはこんな夜更けだし、その証拠に身体中がこれ以上ないくらいに脱力していたし。

夢だ、そう、もう俺は夢の中にいるんだ・・・。
そんなことを思いながら、そのまま目を閉じてしまった。

翌朝、眠ったときと寸分狂いない状況で目を覚ましたギップルが、軽く悲鳴をあげてしまったのも仕方がないのかも知れない。









continue.









そんなわけで、始めます(ぇ)パラレルです!苦手な方いらっしゃったら申し訳ないですが><大学生ギップルと、謎の女性リュックちゃん^^*妄想が楽しすぎて、お話をどういう方向に転がそうか散々迷いました・・・笑

このシリーズ(〜who are you,girl?〜)ではギップルとリュックちゃんをメインに話を進めようと思ってます〜^^今まで長い話はリュックちゃんが悶々悩むのばっかだったから、新鮮。。。
その後は誰かに友情出演してもらおうと思ってますが、もしかしたらオリキャラになるかも・・・(酷い役になるかもだから)とりあえずこのシリーズを楽しく書きたいと思います♪
余談:実はこのシリーズ、18禁にしようと思っていたんです・・・笑。でもそれだと一番に書く私が恥ずかしいし、可愛いイメージのギプリュには合わないかなとも思ったし、長いシリーズにしたかったので、18禁部分を丸々・・・いや9割方、カットしました。その名残があのキスということで・・・笑。
(100804)
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