勿論それは、予想の範疇だった。
一番懐疑的な部分から結果的に彼女を試したことすらあり、黒に近いグレーだと思ったことも記憶に新しい。
というか、つい数時間前の話だ。

ほんの数時間前の自分なのに、そのときはまだ大丈夫だった。
自らをフォローするとしたら、まだ無意識だったのだ。
だから気づかないふりとてできたし、本当に気がつかないことさえできたかもしれなかった。
インパクトの強い経験だけれど、それだけの記憶として終っていたかもしれなかった。
あれは思えば特異な経験だった、そういえば人間じゃないとか冗談言ってたなぁ・とか、後に回想していたかもしれなかった。

でももう違うのだ。
もうそんな風にはならないのだと、不思議と確信を持って言えた。
否不思議ではない、はっきりと、少なくとも今はこれ以上ない真実として知覚できた。

「人間じゃ、ない?」

頷く彼女の瞳が、強い意思を携えていて、網膜に突き刺さるようだった。









Cigarette Kiss
〜Who are you, girl?〜 8










「あれかな・・・さっきの、ごちーんって衝撃?で、頭ぐるぐるだったんだけど、今目ぇ覚めたら、何かすんごい爽やかでさぁ」

いつもの明るい調子で、しかしぽつり、ぽつりと、噛み締めるように確かめるように話す様子から、これらがこの上ない事実なのだと納得させられてしまった。
自分で推理なり予想なりすることと、本人から真実味を帯びて話されるのとでは、やはり印象が全く異なった。

「あたし、その、キス、したがったでしょ、何回も。あれはああやって、パワーを貰ってたの」
「パワー?」
「生命力・・・って言っちゃうと違う気がすんだけど、あ、やる気みたいな?」
「ふーん」

印象が異なるとはいえ、実際おとぎ話めいた内容なので鵜呑みにはしない、・・・と、いつものギップルであれば断言したいのだが、裏付けとも言える出来事が沢山あった訳であるから、今は全てそういうものなのだと受けとめることにした。

「それで、あのね!超今更なんだけど、キスじゃなくてもたぶん大丈夫なの」
「へ?」
「身体の一部が触れ合ってれば、そこからパワーのお裾分けを貰えるんだよ!ごめんね、今まで」
「あー・・・いや、別に」

それは思い出さなくてもよかったかな、とは、心の中で呟いた情けないがしかし切実な思いだった。
彼女への気持ちを自覚したらこれ・・・ということは、自重しろということだろうか。
自分としても、自覚した途端優しくするとかもっとキスしてやろうとか寒いことを考えていた訳ではない、ないのだけれど、折角の機会を残念だと思ってしまうのは人間なので致し方ないのではないだろうか、なんて思ってみた。

「これはね、思い出したのとはちょっと違うの」
「えっ」

心を読まれたのかと疑うタイミングに内心冷や汗をかいたのだけれど、彼女の方は意に介さぬ風で笑いながら続けた。

「さっき、あたしが寝てるとき、ほっぺ触ってくれたでしょ」
「、あ、ああ」

ここ・・・診療所に運び込んで医者が見終わった後、眠る彼女の顔を無意識にぺたぺた触ってしまっていたのは、何となく覚えている。
自分は断るまでもなく医者ではないので、心配でつい頬を撫でていたのだった。
ただこうして後から指摘されると、そしてそれに気がつかれていたのかと思うと、やましいことをしてしまったような居たたまれなさに襲われた。

「あのときね、なんとなーく起きてたんだけど、それがすっごく気持ちよくて、また寝ちゃったの。そのときね、いつもパワー貰ってるときの感じがすごくしたから、たぶんそうなんだと思う」
「ふうん」
「あの、ありがとね。ああしてくれなかったら、もうちょっと辛かったと思うから」
「ん、おう」

何だか恥ずかしくなってきてしまった。
下心も何もあったものではない行為だったのだけれど、こうして懇切丁寧にお礼を言われてしまうと、理由も何もない行為だっただけに何と返していいのかわからなくなってしまった。

「あ、じゃあそのパワーとやらがあれば、他には何も食べたり飲んだりしなくていい、ってか?」

そんなわけで話の流れを変えてみた。
無理矢理かつ咄嗟にしては自然にシフトできたと、心の中でほっと溜息を吐いたのは内緒の話だ。

「・・・うん、たぶん」
「多分?」
「んー、全部思い出した気はすんだけど、もしかしたらまだ思い出してないとこあるかもだからさー・・・今のとこ?みたいな?」

ヘヘへ。
眉根を少し寄せて、困ったような風情を見せた。
彼女も自分が今どのくらい思い出せているのか自信がないらしく、それでも自分に対して自信の持てる部分ができたことは嬉しいようで、はにかんでいる。
そんな彼女を眺めていたら、口が勝手に動いた。

「じゃあ・・・お前は」

何者なんだ?

無遠慮な、デリカシーのかけらもない言葉が口をつきそうになり、次の言葉が飛び出す前に慌てて息を飲んだ。
もう少し聞き方というものがあるだろう、と自分を諌め、何か別の話題に切り替えて反らそうとした。
しかし変なところで以心伝心してしまったのか、それとも感づいたのか、一呼吸置いてリュックも口を開いた。

「何なんだろうね」

ぐっと、何かが喉で詰まった。

「妖精さんとかだったら、可愛いよねぇ。妖怪とかじゃ響きがやだからダメね、パスパス!あ、別世界から来た住人とかならかっこいいからありだな〜」

言おうとしたことはまあ、同じと言えば同じだ。
しかしあまりにも何でもないことのように話すので、ギップルは拍子抜けしたような、或いは苦しいような気持ちになった。
そして思わずじっと見つめてしまったので、さすがに何・と問われてしまった。

「や、なんつーか、・・・全く落ち込んでる感じしねえしさ、びっくりしたっつうか・・・」

彼女としては、元々のことを思い出しただけなのだから、憑き物が取れたようにすっきりとした気分に違いない。
全てをすっかり思い出せずとも、先程の話し方等からも伺えるように、心の高揚から精神が高ぶってきているようだ。

それだのに、それを共に喜べる筈の己は、全く落ち込んでいた。
そう、がっかりしてしまったのだ。
否もう少しましな心地ではあったかもしれないけれど、確かに複雑ではあった。
だから3秒以上何と言っていいのかわからなくなったし、また素直によかった・と言ってやることもできなかった。
その結果口をついたのは、驚きという無難な感想であった。

しかし今口をついた仮説と感想は、いずれも自分に対してのものであった。
つまりリュックが人間ではなかったらしいことに対して、自分は辛く思ったのに、相手もそう思わなかったことが信じられなかったという、何とも自分勝手な意見だったのだ。

「んー、自分でも不思議だよ。でも何かすとーんって納得しちゃったんだよね。すんごいびっくりなことの筈なのにさ、違和感ないの。まぁ、その」

ギップルにしたら、びっくりっていうか気持ち悪い・よね。
大丈夫、この調子ならすぐになーんでも思い出せちゃうからさ。
それまで我慢して!
・・・ごめんね。

遠くの方で、そんな言葉を聞いた。
ぼんやりしていたのではない。
彼女にそういう気持ちがあったことに気がつかなかった、もしくは忘れていたのだ。

確かに最初は、そうつい昨日の朝までは、彼女を邪険に思った。
思った筈だ、少しの間だったけれど。
でも今は全くそんなことはない。
これが彼女への気持ちに気がついたからかそうでないかは何とも言い難いところではあるが、この際どちらでもよい。
だからまたこれも手前勝手な話であるが、彼女がした先の発言は聞き流せる筈がないくらいショックで、また改めてほしい類いの内容であった。

「そんなことない」

そう思った瞬間口をついたのだから、自分はつくづく単純だと思った。
しかし目をぱちくりとさせてこちらを見た彼女を見たら、やはり言わずにはいられなかった。

「迷惑じゃねえよ」
「へ」
「確かに最初はびびった。しょうがねえから置いてやるって思ってたよ。だけどお前別に変な奴じゃねえしさ、一生懸命思いだそうとしてるとこ見てたら、協力してやりてえとか思ったし、・・・ええと、だから、別に・・・迷惑とか思ってないってこと!」

笑ってしまうくらいまとまらなかった。
さすがに好きになったからとは言えなくて、遠回し遠回しに言ってみればこのざまである。
リュックもだんだんと小首を傾げる始末だ。
つまり、大分格好悪いことになった。

「うんと、・・・どゆこと?」
「う」

ほら、聞き返されてしまった。
少し困ったような彼女の顔がまたギップルの羞恥をかき立てた。

「わ、わかんねえ!」
「へっ!?」
「わかんねえもんは仕方ねーだろ!」

力一杯答えになっていない答えを言ってしまった。
はっきり言ってグダグダである。

(くそ、間抜けすぎる!)

頬が熱くなったけれど気にしていられない。
どうしようもない状況に苦笑いすらできなかった。
締まりは悪いがこの話題はここまでにしてもう帰って寝よう・時間も時間だし!
そこまできっちり頭の中で考えてから、とりあえず話題転換しようと口を開いた。
しかし開いたと同時にリュックの声がしたので、そのまま開けっぱなしになってしまった。

「優しいね」
「え?」
「他の人なら、わかんなくたってきっと、そんな風に言ってくれないよ」

ぽかんと口を開けたまま見た彼女は、嬉しそうにやはり、はにかんだ。

「飛び込んじゃったのがギップルの家でよかった」

えへへ。
うっすら桃色に染まった頬を人差し指でかきながら、リュックはそう宣った。

「・・・まあな、いい奴だからな、俺は」
「自分で言う〜?」

ははは。
笑い合いながら、ギップルは内心ほっと溜め息を溢した。
何となくうまくまとまったようで安心したのだ。
焦りまくっていた内心も悟られずに済んだようだし、一段落、一件落着だと思ったからだ。

そうしてすっかり気が抜けたものだから、リュックが一瞬笑顔に影を射したことに、目の前にいたにも関わらず気がつかなかったのである。









end.
and next...









第2章スタートでございます^^まあ2章とはいえ、あのまま続けてると自分の中で区切りがよくわからなくて混乱しちゃうから切ったなんて裏事情があるんですが(言っちゃった)
話のつながり的に、この話も第一章にまとめました^^;;後からすいません><(100306)
恋心に気がついたギップルはこれからどうするのか?リュックちゃんは何を思うのか?更に第三の人物の影が・・・!(←これは別にどうでもいい感じになると思いますが)
またちまちま更新準備しますので、お付き合い頂ければ幸いです。
(110211)
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