自覚することとしないことでは全く違う。
ものの見え方も考え方も一変するし、色彩すら鮮明にも混沌にも変化してしまうのだ。

一度好きだと自覚した彼女の金髪ははっと目を見張るほどの輝きを放っていたし、白く透き通るような肌は朝の光に煌めいて夢のようだったし、ふと目があった緑色は呑み込まれてしまいそう な深さだった。

「ギップル、今日はダイガクでしょ?大丈夫、あたしは大人しくしてるから!あっでもエネルギーチャージだけさしてね、だいじょーぶ手ぇぎゅってして貰うから!さ、いってらっしゃーい!」

向けられた笑顔は満開の向日葵か、或いは優しく照らす太陽か。
別れを惜しみながら、無自覚な詩人のギップルは掌の温もりを感じながら部屋を後にした。









Cigarette Kiss
〜I wanna be with you, baby.〜 1










「お前女できた?」
「は?」

唐突に聞いてきたのは同じ研究室の同級生、一番仲がいいと言ってよい友人だった。
喜怒哀楽ならわかりやすい方であるギップルは、例え初対面の人間でもそのときの気分を言い当てられてしまうことがしばしばであり、また普段から隠すこともなかった。
だがしかし、流動の激しい色恋については突っ込まれることは殆どなかった。
自分に気があるらしい女性から、現在の女性関係について聞かれることならたまにあったけれど、同性から最近恋人ができたかなんて、初めてと言っても過言ではない質問であった。

「は、な、何で」

故にここでまごついてしまったのはあまりにも耳慣れない質問をされて何と答えてよいかわからなかったから・・・と、言いたいところなのだが、実際は違う。
このとき付き合っている女性が例えば「何となく」の恋人であったとすれば、根が素直なギップルは真顔で堂々と「何で?」と答えただろう。
答え方がわからない等ではない、質問の意図も意味もわからないという何で・だ。

しかしこのとき縺れる舌から漸く紡げた何で・は、全く根拠が異なる。
何ということはない、文字通り「何でわかったの?」のそれだった。

「いやー、長年の勘?」
「長年って、一年ぐらいの付き合いで何がわかんだっつの」
「冷たいな、こんだけ一緒にいりゃ、特にわかりやすいお前のことなんてすぐわかるさ」
「・・・」

それほどまでに顔に出やすいタチだとは思っていなかったので、ぐうの音も出なくなってしまった。
ああ、だから昨日スーパーの前で突っかかってきたあの女も、自分の見せたことがないような腑抜けた顔を見て、余計我慢ができなかったのだろうか。

「なぁんて、うっそー」
「はぁ?」
「ホントはさ、昨日見ちゃったんだよな、お前が女の子と歩いてるとこ」
「・・・ああ」

何だ。
何てことはない結論に思わず脱力した。
そうだ、あれだけ街中を並んで歩いていたら、そろそろ知り合いにも目撃されるというものだろう。
逆に指摘されたのがこいつでよかった、と陽気な友人を見返した。

「あの子うちの大学ではないよな?見たことないし。それにしちゃ綺麗な金髪、あれは目立つよな。どこで今度は捕まえたんだ?」
「捕まえたとか言うな、俺は自分で捕まえた女なんていないっての」
「うわ、嫌味」

正直に言ってみたらやだやだ・とばかにされた。
しかしそれも冗談混じり、むしろ冗談だったので、全く気にならない訳ではあるが。
しかめっ面をしてみせた友人もだから、一瞬でいつもの顔に戻った。

「見して」
「は!?」

そして投下されたるは、炸裂爆弾。
思わずすっ頓狂な声をあげてしまって、周りの注目を浴びてしまった。
バツが悪くなり立ち上がりかけた腰をゆるゆると下ろした。

「気になんじゃん、このギップルがさぁ、だいぶ惚れ込んでるっぽい?女なんて!」
「惚れ込んでるって何」

思わず苛立ったような声になりつつも、霧が立ち込めるように腹の内を支配する感情はコントロールの仕様がなかった。
せめてもの虚勢で口をへの字に曲げてみたけれど、どうやら大した効果はなかったらしい。
むしろ更にニヤニヤし出した友人に観念し、たっぷりと息を吐いた。

「今日は会う?」
「あー・・・」

それどころか一緒に暮らしていますとはさすがに言わない。
これが合意の上での同居ならば匂わすくらいはしたやもしれなかったけれど、今回は異例の事態の上になかなか本気であったので、だんまりを決め込みたかったのだ。

しかしそれがますます友人の興味を引いてしまったらしく・・・ちらりと見た友人の目は、最早キラキラしていた。
嫌な予感をひしひしと感じたギップルは、さながらその友人を背中に背負ったようなプレッシャーを感じた。

そうして同時に悟ったのだ。

「今日会う約束してんだ?」

この誘いは、振りほどけないのだと。






頭が上がらない関係などではないのに、何故今日は逆らえなかったのか。
言われたことが図星であったとか、この件についてはつつかれると弱いとか、理由は幾つかありはした。
ただ、それよりも漠然とした理由の方が、自分としてはしっくりきていた。
即ち、予感がしたのだ。
無理に断らずにとりあえず要望を受けておいた方が無難であると。

「何、家で会うの?エロ!」
「・・・」

予感は確かにしたのだけれど、それが正しい予感であったのかは、今となっては定かではない。
間違いだったのではないかという気持ちが今になって沸いてくるのだから悪質だと思った。

「お前さぁ、やっぱ帰れば」
「何で!」
「レポート終わんないって言ってたじゃん、そういえば」
「それは昨日終わらせた!奇跡的に考えがまとまったんだ!」
「・・・あっそ」

失敗。
この友人なら最悪チラ見させれば充分だろうと諦め、自室の鍵をポケットから出した。

ガチャリ。

「ただいま〜」
「えっ何、もう中いるの?」
「・・・たぶん」

一瞬友人の存在を忘れてしまった。
帰りは今日も遅くなり、辺りはすっかり暗やんでいた。
しかし開いたドアの向こうまで真っ暗だとは思わず、無意識に生存確認のように声をかけてしまったのだ。
しかし返事はなく、空気までしんとしている。

「まだ来てないんだな」

そんな友人の言葉は右から左だ。
だって“来ていない”などということはあり得ないのだから。

ふと部屋から出て散歩にでもでかけたのだろうかなんて思ったけれど、それも却下だ。
部屋のドアの鍵はきっちり閉まっていたのだから。
それならばこの部屋にいる筈なのに、何故これほどまでに静まり返っているのだろうか。

「とりあえず中入ろうぜ、お邪魔しまーす」

否、本当は、一番に浮かんだ仮説があった。
ただそれを認めると胸が苦しくなったので、すぐさま却下していたのだ。
でも今、ざわめくような心臓の音の中、脳裏に響いている。
競輪の最後の周の鐘のよう、警鐘のよう、あるいは悲鳴のよう。

「リュック」

彼女が全てを思いだし、煙のように消えてしまったのではないかと。

人外の能力があったのかも知れない、人のエネルギーを吸収して生きる彼女にはそもそも肉体がなかったのかも知れない、忘れていた故郷を思いだし立ち去ってしまったのかも知れない。
理系の脳味噌を持つギップルからすればこれらの思考は普段なら一蹴する内容だ。
このときだっていささか冷静を欠いているが、だからといっていきなり非科学的な事情を唱えるようになったりはしない。
でも今、針でなぞるようにむしろ攻め立てられるように感じるこの不安は、簡単に拭えない。

「・・・ギップル?」

背中を一筋、冷たい汗が流れた。
だんだん友人の声も聞こえなくなってきた。
ただただ全神経で彼女の痕跡を探していた。

カタン。

「!」

奥から物音がしたかと思ったら、無意識に足が動いた。
電気も点けないまま、とはいえ狭い部屋だから迷いようもなく、一秒すらもどかしい気持ちで音がした方へ向かった。
短いが長い廊下の向こう、リビングのドアを開いた。

バタン!

「あ、ギップル・・・」
「リュック・・・」

間抜けな声が響いた。
彼女の名前を呼んだ声は激しく揺れて、我ながら泣きそうだった。

彼女は明かりも点けず、窓の下でじっとしていた。
膝を抱えてうずくまり、心なしか衰弱しているようで、生気があまり感じられなかった。

いなくなっていなかったことに安堵しつつ、今度はその様子に不安になり、駆け寄って顔色を伺った。
暗くてはっきりとはわからないけれど、青白いような気がする。

「具合悪いんだな」
「ん・・・」
「何でこんなんなる前に言わなかった?いつからこんな・・・」
「多分・・・栄養失調」
「え」
「あは・・・燃費、悪すぎだよねぇ」

そんな理由を聞いたら、また苦しそうに笑う彼女を見たら、次にやるべきことは決まっていた。
壁にもたれて呼吸を落ち着けようとしているリュックの頭を撫で、そのままできる限り優しく引き寄せた。
不思議そうに顔を上げた彼女の頬をまた一度撫で、そのまま唇を落とした。

「、」

驚いたように一瞬すくんだ彼女も、やがて流れ込むエネルギーに身を任せるようにゆっくりと瞳を伏せた。
その様子がどこかセクシーで、合わせるだけだった唇を更に深く合わせようとした、まさにその時。

「ギップル〜、どうしたわけ?電気どこだっけぇ?」
「!!」

友人の間の抜けた声に邪魔をされ、・・・或いは助けられ、ギップルは慌てて唇を離した。
背後には自分以外の人間の気配がする。
当たり前であるが成り行きに連れてきた友人だ。

驚いたようであるリュックの体をまた壁にもたれかけさせ、急にまたキスをしてしまったことを詫びる意味と、大丈夫だと安心させようとする意味で、その金髪をくしゃりと撫でた。
間近の彼女が肩の力を抜いたのを確認してから腰を上げ、うろうろしている友人の脇にある電気のスイッチを入れた。

「うわ!びっくりした・・・お前急に行っちまうんだもん!どうしたんだよ?」
「ああ、ちょっと、・・・彼女が」
「え?・・・おお!」

地味に動揺していた心の内を悟られるわけにもいかず、かといって理由を教えるわけにもいかず、とりあえず彼女がいることだけは伝えようと思ったもののどのように説明すべきか迷っているうちに、肩越しにひょいと顔を出した友人が、彼女を発見した。

「わー、本物の彼女!はじめまして!」
「あ、はじめまして」

先ほどの“エネルギーチャージ”で体力が戻ったらしいリュックは、ひょこりと立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。
そうしてまだ足に力が入らないのか、ギップルの肩に手を置いてバランスを取った。
その様子がいちゃいちゃしているように感じられたらしい友人は「ひゅー」なんて唇を尖らせてはやし立てた後、右手をリュックに差し出した。
握手を求められていることに2秒ほどしてから気が付いたらしいリュックは、同じく右手を差し出してぎゅっと握った。

「どうも、ギップルの友達のケヤックです。よろしく!」
「えっと、リュックです!よろしく」

友人・・・ケヤックは、こんなかわいい子と知り合えて光栄だなーなんて楽しそうにしており、握った手をぶんぶんと振り回した。
対してリュックは、握手した掌からちゃっかりエネルギーを貰っているらしく、だんだんと血色がよくなっていった。

それを隣で見ているギップルは、いつまでも手を繋いでいるケヤックにじろりと睨みを利かせることで、あまり感じたことがない嫉妬の感情を発散させようとしていたのだった。









continue.









ギップルの友人・ケヤック登場!な、第2章スタートです! ・・・すいません、前回第2章第1話としてアップした話ですが、流れ的に第1章に入れるべきだと後から思ってしまったので、こちらのお話の更新に合わせて変更させて頂きました^^;;内容は全く変更ありません!・・・今のところ。笑
友人はケヤックにするかティーダにするかだいぶ悩んだのですが、ティーダは別口で出したい役割ができてしまったので、保留しました。もし出すとしたら第3章とか・・・続けばの話ですが;;ギップルの友人がティーダだと思っていた方がいましたらすいません><
自分はケヤック大好きなので(ちょっとしか出ていないですが、アルベドホーム編大好きなので><)、出せたことでとってもテンションがあがっておりますv
第2話も引き続きケヤック訪問編になりますので、よろしくお願いします!
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