これ以上思い出さなくていい、最近そう考えている。 でもそれはもう一つ密かに抱いている気持ちと相反するものなので、一応ギップルは困っていた。 どちらも本心であるが故に、最近もやもやとした気持ちに惑わされていたのだ。 Cigarette Kiss 〜I wanna be with you, baby.〜 3 「どったの?」 「え」 瞳をくりくりとさせて、おまけに眉根を寄せて、ついでに小首を傾げて尋ねてきたのは、テーブルの向こう側から身を乗り出すリュックだった。 ぼうっとしていたらしいギップルは近づいてきた彼女に全く気がつかなかったようで、間近で目が合ってしまってあたふたとしてしまった。 「別に!」 「ふうん?」 納得いかないようで、その実別段その話題に執着するわけでもなく、乗り出していた上半身を戻して視線をテレビに切り替えた。 リュックはわりとテレビがお気に入りらしく、大学から帰ると9割9分はテレビを見ている。 内容は教育番組なりバラエティなりスポーツ観戦なり、様々であるが。 彼女の場合、番組が見たくてチャンネルを回すのではなくて、動き回る人間を見ることそのものを楽しんでいるかのようである。 「今日は来ないの?」 「え?」 「友達」 「あー・・・」 結局あの後、ケヤックは夕飯を共に食べ、シャワーまで利用していった。 たまにそうしたことはあったので、その厚かましさに関しては別段気になることはなかったのだけれど、何しろリュックと親しくされるのがやけに腹立たしかったギップルだったので、この時ばかりは早く帰れと念じるばかりであった。 「まぁ何だ、あいつもあいつで忙しいからな。次いつ来るかまではわかんねえや」 放っておいてもあの友人のことだから、3日以内には来るだろうというのが本当のところである。 だがしかし、悪戯心どころか嫉妬心が心を満たしてしまっていたギップルは、ついついそう言ってしまった。 何だか女々しい気がしてばつが悪いような気がしつつ、その時ばかりは唇を支配することができなかった。 「そっかぁ」 対してリュックの返事はといえば、興味があるのかないのかのらりくらりとした声音で、しかし楽しそうだった。 それがまた何となく気に入らなくて、焦りそうになる気持ちを落ち着けるべく、マグカップのコーヒーを一口啜った。 ブラックコーヒーの苦さが舌から染み込み一息置けたのがたっぷり5秒、それからふと顔を上げて、頬を膨らませたリュックを認めてギョッとしたのがプラス3秒だった。 「なぁんかさあ、怒ってない?」 ぐい、と寄せた眉根は最早くっついてしまいそうで、こちらに疚しい気持ちがなければ笑ってしまったところだ。 生憎この時のギップルは疚しかったので、舌ったらずに何故・と返すのが精一杯だった。 「ぶっすーってしちゃってさぁ、どしたの?」 「べ、別に」 「別にじゃないでしょー!ぜえったいおかしいもん!」 まさしく「ブウブウ」という擬態語が似合いそうな様態で何だかやっぱり笑いそうになる。 しかしいつまでも不機嫌でいさせるのも落ち着かないし、気分を和らげてあげられるならそうしてあげたい、が、そうはいかない。 何故ならそうしてやるためには、自分の少し恥ずかしい嫉妬心をも伝えなくてはならないからだ。 「気にしなくて、いいから」 「ぶー」 (本当にぶーって言った) 頬袋にたっぷりひまわりの種を詰めたリスさながらの彼女を見ながら、穏やかな気持ちで言ってやってもいいかと思った。 まだはっきりとした勇気はないのでストレートにではなく、若干オブラートに包んで。 そうして少しずつ気持ちを伝えていくのもいいと思う。 それで彼女がどのような反応をするかはわからないけれど、それもいい気がする。 ギップルは今、自分の気持ちが盛り上がっていくのを感じた。 あの件は、現在保留の形をとっていた。 つまり先日ケヤックが来たときにチラッと言ってしまった、告白まではいかないが気持ちを仄めかす発言をしてしまった件、だ。 『恋人って言われたとき、悪い気しなくて・・・』 そのことを考えたときは嫌が応にも、そして考えていなくてもふと思い出してしまって後から後から、羞恥が溢れてきてギップルは相当困ったのだ。 しかしその件について、リュックは何も言ってこなかった。 そればかりか、態度さえいつも通りで、ギップルの方が困惑したくらいだ。 スルーされた、うっすら伝わった気持ちに応えるつもりがない、迷惑。 悪く考えれば考えるほど今度は気持ちがめりこんでいってしまい、自分は何て情けない男なのだと思ってしまうほどであった。 だがこれは、それだけで諦めてしまうような材料にはなりえない。 何故なら彼女は結構鈍感な方で、結構脳天気な方だ。 俄には信じがたいが、真意は伝わっていないとも、思えた。 それならばマイナス思考をこれ以上働かせる意味はない。 それならば自分の気持ちが動くまま、行動せしめればよい。 だから今、膨らんでいく気持ちを止める理由はどこにもないのだ。 うんそうだ、言ってしまおう。 ギップルは心が晴れ晴れとしていくのを感じた。 そうしてどうなるかはわからないけれど、ノリ、ノリなのだ、告白なんて。 よし!と決意を固めた、ところで。 「それはそうとさあ」 「はっ?」 半分位息を吸い込んだところで、リュックの本当に間の抜けた、しかも別の話題を提起する声が聞こえたので、ギップルは漫画のようにがくりと肩を落としてしまった。 「?何?」 「・・・い、いや・・・そっちこそ、何」 相変わらずシナプスがどこを向いているのか想像できない女である。 とは、口が裂けても言わないけれど。 何だかやる気が削がれてしまったので、作戦実行は次回(?)へ繰り越しを決めた。 「・・・んーと、手ぇ、貸して?」 「、ああ」 イコール、エネルギー不足ということだ。 こうしたやりとりも数日経てば慣れるというもので、何のためらいもなく左手を差し出した。 これのために最初の頃はキスを、しかも熱烈にしていたかと思うと、今更ながら恥ずかしかった。 彼女が様々なことを思い出した当初はどんな口実であれキスができることがラッキーだったのに・と思っていたが、気持ちを自覚して時間が経つにつれ、それが恥ずかしいような気がしてきていた。 段階を踏まずにそうしたことをしていた自分が、何だか気恥ずかしく感じられてきてしまっていたのだ。 別にウブな訳でもなく、もしかしたら人並み以上に経験値はありそうなものであるけれども、何故だか今はそればかり気になるのであった。 「んあ〜、生き返る・・・」 「どこの年寄りだよ」 ふは。 極楽極楽・なんて言い出しそうなリュックを見ていたら、それまで色々と考えていたことや悶々と思ったことが押し出され愉快になってしまい、吹き出してしまった。 「何それムカツキー!」 「だってそうじゃん」 またブウブウ言い出したリュックを見ながら、また幸福な気持ちで満たされる。 だから、やはり、これ以上何もなければいいのにと思う。 (時々申し訳なさそうにしているリュックを見ると、過去のことを全て思い出させてやりたいと素直に思う。一生懸命思い出そうと努力している彼女を見ると、やっぱり何でもいいから力になりたいと思う。でも、) 全て思い出すということは、帰るべき場所も思い出してしまうということ。 ギップルの元を離れ、元いた場所に笑って飛んでいってしまうということ。 それを思うと、苦しかった。 何故ならギップルは、ずっとこの手を握っていたかったから。 一生傍にいて欲しいとすら、願ってしまうから。 (自分勝手なエゴだ、卑屈な考え方だ、・・・でも) そうあればいいと、ギップルは心から思うのだった。 そして同時に思う、次に“言える”機会があったら、自分はもう我慢などできないだろうと。 continue. 久しぶりにシガレットキスシリーズ(?)の続きです。というか、この話についてはとっくにアップした気でいたから中途半端に保存されてたファイルを見つけたときの衝撃は半端なかったです(・・・)すいません。。 ギップルさん、このままでいいじゃ〜んモードです。幸せ絶好調なようです。さて、次回!(同時アップですが^^;;) (20120713) |