「はっくしゅん!」

ずびっ

ほんの少し出た鼻水は、勢いよくすすったら鼻の中に戻っていった。女性としてはあまりよろしくない行動であったが、リュックはあまり気にしていなかった。ただし少し離れたところで作業をしている男には見せたくないと思ったので、少しばかりばつの悪そうな顔をしながらそろりとそちらを盗み見た。すると別段気が付いた風はなくて、それどころかくしゃみをしたことにすら気が付いたのかも定かではないようだった。しかし、それもそうなのだ、今二人がいるのは、ガガゼトの頂にも近い場所なのだから。

寒いなんてものではない。毎日の吹雪のような天候は雪を真横から二人にぶつけてくるものだから、よほど近くにいないとお互いが何を言っているのかすらもわからない。視界も極端に狭く、前方3メートルがやっと見えるくらいの最悪なものだった。そんな環境なものだから、いつもの格好で来られるわけがない。二人とも2枚も3枚も多く着込み、マフラーとネックウォーマーと帽子と手袋、更にはほっかいろやら腹巻きやら特製の靴下やらで防寒に尽くしている。しかしそれでも指先はかじかみ、足先の感覚はほぼなくなっていた。

さて、何故二人がそんな辺鄙な場所にいるのか。それは、のっぴきならぬ大変な価値を持つ部品がこの辺りにあるという、今思えば嬉しいのか悲しいのか定かではない情報をゲットしてしまったからだ。しかしその情報は、アルベドのホーム跡から奇跡的に発掘された、古い書物の一節からヒントを得たもの。果たして信憑性があるのかは定かではないが、若い二人は発見してしまったからには見つけたい、と思ってしまい。いざカモメ団で、と思ったところでアニキとダチは金にもならないことにばかばかしくて手伝えない等と言われ、結果断られ。そこで思いついた当人たち・・・リュックとギップルが、雪にも耐性があるようにホバーをわざわざ改造し、ガガゼトに乗り込んだわけである。なお、キマリの了承は確認済みなので、その辺は安心だ。

しかし、とにかく、極めて、寒いわけで・・・。









but it's a heavy cold day.









驚くべきはザナルカンドを1000年も守ってきた御山、と言うべきか。これほどの頂には2年前に何度か来ただけで、何の用もない上に強すぎる環境の力に、もう二度と来たいとは思えないような場所である。

しかし例の部品は、できるならば欲しい、いや何が何でも欲しい。何が何でもということは、この環境にも打ち勝たなければならないということだ。しかし鼻水が鼻の中で固まらんばかりの寒さに、リュックは既にうちひしがられていた。帰りたい、さもなくはとりあえず、休憩したい。

「おい!」
「!」

不意の衝撃に、リュックは肩を思い切り掴まれたのだとわかった。当然掴んだのは一緒に作業をしていたギップルで、顔は殆ど防寒具で隠しているとはいえ、覗かれる右目から心配している風なことが感じ取られた。

「悪い!休憩取るの忘れてたな!一旦引き返そう!埒があかない!」
「あ・・・」

凄い、以心伝心だ。脳味噌まで凍り付きそうな極寒の中で、そんな平和ボケしたことを考えた。願ったり叶ったりなことに頷きそうになったが、言われてからまだ作業を開始して30分ほどしか経っていないことに気が付いた。発掘作業において時間は命のために大切なものだから、作業着の見やすい部分に時計が取り付けられるのだ。まあそのために、作業時間に気が付き、またそんな短時間でばててしまった自分に少しばかり恥ずかしさも感じてしまったりした。

「で、でも、まだ30分だし!あったしまだまだいけるよ!」
「おい・・・」

そんなわけで空元気を発揮してしまったのだ。未だ眉根を寄せて肩を放さないギップルの、その手を優しく払い、先程まで作業をしていた場所に戻ろうとした。

しかしその足取りはふらふらとしていて、覚束ないのがこの最低な視界でもはっきりと見えた。さすりさすりと両腕を温めながら、それでも何とかスコップを手に仕事をしようとしている。ホバーに戻るそぶりは、ない。

「・・・」

ギップルは盛大に溜息を吐き、ざくざくとしっかりした足取りで彼女の後を追いかけ、長く揺れる金髪をぺちんと叩いた。

「あたっ、何!」
「戻んぞ」
「はぁ!?何で!」

今度は腹の辺りをがっちりと捕まれてしまったものだから、抵抗しようにもできない状況であり、リュックはされるがまま、ギップルに持って行かれた。目指すは当然、より安全な場所に置かれたホバーだ。弱く暖房をつけていったから、恐らく中に入れば温かいだろう。ドアを開ければまさに天国、冷たくて動きがぎこちなくなった関節を伸ばし、真っ赤になった肌を真逆の意味でまた赤くすることができる。そんな自分のこれからの幸せな光景を思い浮かべ、少しだけ口端が緩んだ。

が、対してこのまま至高の場所へ行ってしまうのは、何だか何かに負けてしまうような気がする。つまるところ、寒さに負けて渋々ホバーへ戻る事は、プライドが許さないのだ。

「待った待った!待ってってばー!!!やれるっつってんじゃん!」
「黙っとけ。お前の口はもー当てになんねぇ」
「だいじょ、は、はっくしょん!!!」
「ほーら」
「・・・」

かっこわるすぎ。口の中だけでそうぼやいたら、どうやらギップルに伝わってしまったらしく、くつくつと笑われてしまった。もうこうなったら仕方がない、大人しく安息の地へ行くとしましょう。腹を割って引きずられるままになっていたところ、小さくぽつりと呟く声が聞こえた。

「俺の仕事を増やすな」
「え?仕事?」
「そうだ」
「ギップルの?」
「そう」
「・・・よくわかんないんだけど」

思いっきり眉根を寄せて、下唇を突き出してみせた。不満を表していると言うよりも、何を言っているのかわかりません、のポーズだ。そうこうしている間にやっとホバーが見えてきて、ギップルは空いていた手で以てホバーのドアを開いた。瞬間ふわりと温かい空気が二人を包み、一気に身体中の力が抜けていったのがわかった。

「タオル持ってくるからじっとしてろ」
「へーい」

そうでなくても今、自分の強がりを後悔中のリュックであるので、ただただタオルを持ってきてくれるのを待っているしかない。多少厚着をしていったとはいえ、身体は芯まで凍えてしまっているし、足の爪先までガチガチに凍ってしまったようで、動けたものではない。それでもギップルは平然と動いているのだから、何だか悔しい。

程なくして戻ってきたギップルの手には、タオルだけではなく温かそうなカップが二つ用意されていた。気の利くギップルらしい行動に、リュックは笑みをもらした。

「ほれ」
「あんがと」
「飲めるか?」
「そんくらい大丈夫だっての!・・・と、あち、ち!」

言った傍からカップをひっくり返しそうになり、慌てて両手でフォローに入ったが、溢れるより先にギップルの掌が支えてくれたので、二人の手の中で何とかカップは収まった。

「・・・えーと、どうも」
「・・・おう」

何となく気まずい雰囲気の中、ギップルの手が離れていった。そのまま妙な沈黙が部屋を包み、時折ずず、とお茶をすする音だけが耳に入ってくる。じわじわと凍えた肌は弛緩してきたけれど、別の力によってまた緊張してきてしまったような気さえしてくるから、厄介だ。

「んとに、お前は、心配かけさせるよ!」
「へっ?」

そしてその均衡を先に崩したのは、ギップルだった。

「さっきだって寒いなら寒いって言やいいのによ、意地張ってガタガタになってるし!今だってちょっと目ぇ離すとカップひっくり返しそうになってるし!」
「そ、それは」
「危なっかしくて、見てらんねぇ」
「ぶー・・・」
「・・・まあ・・・その」
「?」

文句を並び立てたと思ったら急に口を詰まらせたので不審に思い、なにげなく隣の人を見た、ら、何だかいけないものを見てしまった気がした。

「そんときは俺が、助けてやるから」
「・・・」

リュックが何を言うよりも先にがばりと立ち上がったギップルは、天候が悪いから今日はここまでにしようとか何とか言い残し、すたすたとソファを後にした。恐らくホバーを発進させるため、エンジンを暖めに行ったのだろう。残されたリュックはと言えば、先ほど言われた言葉を頭の中で何度も何度も反芻させていた。信じられなくて、驚いて、・・・嬉しくて。

(ちょっとさぁ、愛の告白みたい、だよねぇ・・・)

速まってきた鼓動を抑えるために慌てたようにお茶を一口飲んだ。最早それほど熱くはなかったけれど、一気に飲んでしまうにはあまりに惜しい気がして、後ほどギップルが呼びに来るまで、ずっとちびちび飲み続けていた。









おわり









恥ずかしー!!!笑 ギプリュなんてそんなもんです(ぇ)いやそこがいいんです!くすぐったい感じがー!!!
微妙に季節はずれなんですが、最近は寒い日が続いているし、ガガゼトは季節関係なく寒そうだし、そもそもスピラって季節ないんじゃね?とか思ったので、まあいいかーとアップです^^(100412)
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