「すぐ出てくるわけじゃないからね、陣痛の感覚が縮まってきたらまた呼んで」 「は〜い」 「リュック、何か飲むか!?あっ、腰とかさする!?」 ほむら、ひとつ 番外編 〜肩身の狭い甲斐甲斐しい夫について 3 診療所自体は小さいのでさしたる問題はない、が、あるとしたらここに辿り着くまでの間であった。 どうやら相当動揺していたらしい(そして今も大分動揺中の)ティーダは、妊婦の腹を圧迫なんてできないと言ってリュックを俗に言う“お姫様抱っこ”をし、しかも早く連絡しないといけないと片手で身重の彼女を抱いて走りながら、空いた手で携帯型の通信スフィアで自宅に通信を入れたのだ。 しかしその頃ユウナは浜辺で遊んでいたので連絡取れず。 只でさえ動揺していたティーダはユウナに連絡が取れないことで動揺に拍車がかかり、いつもならこの状況で連絡しないだろう人物に通信を入れていた。 「キマリぃ!ユウナは!?」 「何故それをキマリに聞く」 最もだった。 「とりあえずさ、キマリに旦那探してもらうように頼んだから!あとそこでばったり会ったリンとか、お前のこと知ってたアルベド族にも伝えといたから、すぐ来ると思うッス!」 「あんがとね〜」 「なぁ、俺何してやったらいい?本当にどっかさすってやらなくて平気か?あっ、団扇で扇ぐとか」 「大丈夫だから落ち着いてってば・・・あ、通信入ってるよ、ユウナんじゃない?」 心からありがたいのだが如何せん苦しい中でのティーダの力一杯の厚意は若干暑苦しかった。 故に通信スフィアが着信していることを発見し、これ幸いと教えたのだ。 ティーダも勢いのまま通信スフィアに出たので相手は当然ユウナだと思っていた、が。 「こらティーダぁ!どこほっつき歩いてんだ!試合始まるぞ!」 「え、・・・あああ!忘れてた!!」 相手は怒り骨頂のワッカだった。 その背後にはそわそわしているオーラカの面々が見える。 ティーダが加入して早一年、選手らは少しずつ力を伸ばし、今日の相手なら正直ティーダがいなくても勝てる見込みはあった。 しかしエース温存でベンチに座らせておくのと、エースが不在であるのとでは、意味が全くと断じて良いほどに異なる。 故にワッカは一喝してティーダを呼び戻さんとしたのだ。 「でもワッカ!緊急事態なんだって!」 『緊急事態?お前が試合に来ないこと以上の緊急事態なんて・・・って、オイ?後ろに寝てるのって・・・』 喚くティーダをまた一喝せんとしたワッカだったが、ふとスフィア越しに見える人物に注目した。 『リュック?それにもしかして、そこ病院か!?』 「そーだよ!ジンツー中なんだって!」 『何ぃ!』 それを聞いた途端、ビサイド・オーラカの選手兼コーチはおろおろ焦りだした。 自分の子どものときも初めての事態の上、いつも気丈で優しい妻が尋常でなく苦しんでいる様を見て、おろおろと取り乱したらしい。 今回は仲間の出産であり、直接の立ち会いではないというのに、やはり変わらずおろおろし出した。 まあそれでこそワッカとも言えるのだが。 「今日は楽勝だろ?今ここ誰もいないからさ、ついてちゃダメかな?」 『ぐっ・・・よし、わかった!その代わり、ピンチのときは問答無用で呼び戻すからな!』 「了解ッス!ちゃんと勝ってくれよな!」 遂にコーチを説き伏せ、ティーダは診療所残留を決めた。 しかしそうなると焦るのはリュックだ。 自分の為に試合ではなく傍に着いていてくれるというのは勿論嬉しいし、心強い。 だが彼は只の選手ではない、ビサイド・オーラカの不動のエースなのだ。 一人で試合を動かすことさえ可能な、スタープレイヤーなのだ。 彼を見るために今日会場を訪れる人も少なくないだろう。 そんな人をこのタイミングで足止めするのは、果たして正しいことなのだろうか。 「ティーダ」 「ん?腰さする!?」 「や、ちがくて、・・・ホントに、行かなくていーの?」 陣痛が落ち着き、やや冷静になったリュックはそう訊ねた。 やはり行くべきだろう、そう思って。 しかし返ってきたのはあっけらかんとした言葉。 「オーラカは今日調子いいから問題なし!俺は心配だからここにいる!そんだけッスよ」 にっこり。 いつもの眩しい笑顔でそう言われてしまったら、本心では誰かに傍にいてほしかったリュックには逆らう理由がなかった。 だからこちらも心からの言葉を添えて、同じく笑顔を返す。 「ありがと」 ☆ 「見つかんねーなぁ・・・」 はあ。 思わず溜め息を溢すと、目の前の砂がふわっと舞った。 ダラリと零れたこめかみの汗を拭うと、ジャリっと砂が付いたのがわかった。 しかし、そんなことに頓着している暇はない。 頭に巻いたタオルをギュッと縛り直し、ギップルは荷物を背負い直した。 随分粘ったがこの場所に見切りをつけ、掘る地点を変えることにしたのだ。 本当にアレは見つかるのか、そもそもあの爆発を受け暫くの年月が過ぎて尚アレは無事にあるのか・・・。 少し考えただけでも不安要素は数えきれず、ギップル自身も疲れが押し寄せる度に徒労を心配した。 だが第六感がアレが無事であると告げているのだ。 何よりアレが無事に見つかれば、自分としてもこれほど嬉しいことはない。 発見できるだろう未来を思い、ギップルは奮起した。 自分と妻と、もうすぐ産まれ来る可愛い我が子の為に。 ☆ 『ティーダ?大丈夫?』 「おああユウナぁ!ヤバいッス!」 漸く繋がったユウナのスフィアだったが、その頃のティーダといえば、情けないほどに落ち着きがなかった。 「リュックが唸り出した!苦しそうッス!とりあえず先生は呼んだけど、ああ、俺どうすりゃいーかな!?」 つい先程まで、腹の中の子がどのような子だろうとか、半年前のギップルのできちゃった結婚宣言はどうだったとか、他愛ない話を面白可笑しく話していたのだが、突然リュックが黙ったかと思えば、痛い痛いと念仏のように唱え始めてしまった。 感覚的に「来た!」と思ったティーダは大急ぎで先生の元へ走り、お湯だ何だと細かい準備だけ手伝い、その合間にユウナから連絡が来たのでこうして会話をしているのだった。 「わかったから落ち着いて、君がそんなんじゃリュックが心配しちゃうよ」 「うう」 「私も今から向かうね。間に合うかはわからないけど・・・でもせめて誰かが行くまでは、リュックの傍にいてあげて」 ね、と念押しのように言われれば、ティーダもやっと頭を落ち着かせ、うんと大きく頷いた。 通信を切り、強い決心でリュックたちのいる部屋の扉を開く。 そうして当に息まんとするリュックの手を両手で包み、はっきりと宣った。 「がんばれリュック!俺がついてる!」 顔を真っ赤にして力を振り絞っているリュックは、必死だがしかし、違和感を持った。 あれ、そういうのって普通、父親のセリフじゃないの?と。 チラリと先生を見れば、頼もしいものを見るようにティーダを見ている。 そして感づいた。 ああ、勘違いされたなと。 未だに姿を現さない父親の沽券のために訂正しておいてあげようと口を開くが、また襲ってきた痛みにそれどころではなくなった。 「いいいいいっ!」 「はーいがんばって〜」 「リュック、ファイトッス!」 つづく 何ともシュールな感じになってきました。ところでギップルさんは何を探しているのか!間に合わないぞ!笑 (121014) |