いつも静かなビサイドはその日、まるでルカさながらに賑わいを見せた。









ほむら、ひとつ











「うわ・・・何これ」


あの冷静なルールーでさえ呆気に取られながら、思わずといった風に言葉を漏らした。
胸の中のイナミちゃんすらきょとんとしている。
ああ、きょとん顔も可愛い、なんて、いつもなら堂々と口に出してしまうことを、今はやっと思えている。
ルールーがあたしに見えるとまでは言わないけどさ。
胸とか尻とか違うし・・・って、そうじゃないか、それは冗談だけどさ。


「ほらほら、ボケッとしてる暇なんざねーぞ!ビサイド住人は接待接待!」


大声で張り切るのはワッカだった。

何故今日の主役・ビサイドオーラカの監督が既にここにいて、しかも祭りとも言えるこのイベントを仕切っているのかといえば、彼が今回の仕掛人だからなんだって。
選手たちには優勝賞金を半分だけ渡して、今日までルカで宿泊するように言っておいたみたい。
賞金のあと半分は言わずもがな、今回のイベント資金に回されてる。
こんな大きな祭りやるだけの大金、いくら賞金稼ぎみたいな選手がいる村だからって、こういう優勝賞金からしか出せないからね。

当然というか何というか、優勝の大金星を担った我らがエースはワッカと一緒に帰って来たがったみたいだけど、何とか宥めすかしたって言ってた。
こういうことには聡いエースは何かを察したかもしれないけど、他の選手にばらすような野暮はしないとは思うから、大丈夫でしょ。


「はいはいワッカ隊長!リュックちゃんは何をすればいいですか!?」
「ようし、では客案内をよろしく頼む!」
「ラジャー!」
「バカ・・・」


冷たいルールーのツッコミは聞かなかったふり。
ワッカとノリノリでハイタッチしてみせた。

あたしってばやっぱり調子がいいみたいで、もしくは根っからのお祭り好きらしくて、朝起きた瞬間からテンションは上がる一方で。
昨日かそこらまで憂鬱抱えてたのが嘘みたいに盛り上がっていた。
今日何の因果かビサイドに来るらしいあの男のことは・・・、知らん知らん!
そのとき考えることにした。

そんな調子で、一緒にいたユウナんの手を取って村の入り口に行こうとしたけれど、それを止めたのは例の隊長。


「悪いな、ユウナは別メニューだ」
「えぇ?」


驚いてユウナんを見たら、少しだけ驚いているようだったけど、そのほっぺたがちょっとだけ、赤くなってて。
そこで察しのいいあたしは、何となくわかった別メニューににんまりと笑みを返して、結局一人で村の入り口まで行った。










客案内係は意外と人数がいて、実際あたしはいらないんじゃないかって位だった。
でも戻ってもやることといえば料理か掃除か力仕事かだし、それならここで色んな訪問者を見ている方が楽しそうだし。

そんなわけで見よう見まね、案内係を全うすることにした。
意外と色んな人間が来て、懐かしいアルベド同士の再会もあったりなんかして、あたしは結構有頂天になっていたりした。

なんだかんだで一時間が経った頃、不意に見た方向に、あいつが立っていたんだから、びっくりした。


「!」
「お」


失念してたっていうか、まああたしが間抜けだったんだろうけど、あいつと鉢会ってしまった。

そうだ、言ってたじゃん、ユウナんが、昨日。
でもほらまさか、こんだけたくさんわいわい人がいるってのに、たった一人の気まずい人に出くわすなんて思わないじゃん。
てか話の流れからしたら、ティーダと一緒に来るのかなって、思うじゃん!


「・・・」


微妙な沈黙・・・。
これって、どういう意味?
あれ、もしかして、あれをあたしとのことだって覚えてるが故の気まずさ?
・・・嘘、いや、それはない・とは思うんだけど。

実はあれ(あたしのお腹のあれ)が発覚してからも何回かこいつと話したとはいえ、どれもスフィア越しの業務連絡だったから、面と向かって・ってのはこれが初めてだったりする。
どうすればいいのこれ。
覚えてますかとか、訊くべきなのこれ。


「あ・・・と、あは!あんたもブリッツ興味あったんだね!」
「・・・まあな。ここには招待されたから来たっつーのもあるけど」


咄嗟にだった割には口から出たのは意外と気の効いた言葉で、何となくほっとした。
対するあっちの返事もまるで何事もなかったかのように普通だったから、拍子抜けっていうか、まあ当たり前っていうか、狙い通りだったっていうか、心配して損したっていうか。
あ、やっぱわかってないのか、みたいな。

改めてじっと観察したこいつ・・・ギップルの表情は、何とも読み取れない。
周りをキョロキョロと見ながら、アニキたちも来てるの・なんて言っている。
挙動不審とまではいかないけど、もしかしたらやっぱり動揺してる?
やっぱり、覚えてる?

こいつはあのことを勿論知らない、それは勿論あたしが誰にも口外していないし、するつもりも今のところは、ないから。
でも想像してたりしたの、実は。
打ち明けるとしたら、何からどうやって言おうかって。
相談する気になれなかったのは本当、だけど、言って共有したいって思うのも、ねえ、普通でしょう?
当たり前でしょう?
だってあたしはさ。


「何だよ、今日はやけにしおらしいな!」
「えっ」


不意にとん・と額を小突かれた。
びっくりして顔を上げたらそこにはいつも通りの笑顔があって、ますます力が抜けていく気持ちを感じた。
あれ、やっぱりのやっぱりで、覚えてないっぽい。
嬉しいというか安心・の筈なのに、何だか気持ちが狭まるような感触が。


「オーラカの選手ってまだ来てない?」
「うん、でもあと一時間しないで来ると思うけど・・・てか、一緒じゃなかったの?」
「や、さすがに俺まで一緒に大歓迎を受けるってのは気が引けたからさ・・・いやそれにしても、祭りか!盛り上がってんなぁ」


あれ、こいつおもいっきりお祭り楽しみにしてる。
さっきの予感とか、全くの検討違いってやつ?
最初の沈黙とか、全く意味なかった感じ?


「お前もずっとここいる訳じゃねぇよな」
「そんなわけないじゃん!ちゃんと参加するよ」
「そっか、んじゃそのときにな!」


にっこり笑って歩いてく。
取り越し苦労のあたしを、嘲笑ってるみたいに見えるよ。

ああ。
あの広い背中は、あたしがしがみついたことを忘れてしまったんだ。
他の女と勘違いしちゃったんだ。
あの緑の螺旋も、仄かにオイル臭い掌も、あたしを忘れるか別の何かにすり替えちゃったりしたんだ。
いいんだよ、てか、あたしがそう思わせるようにしたんだから、当然だよ。
安心・じゃんか・・・。

・・・お腹、重い。










一時間後、大きな拍手に迎えられてビサイド・オーラカの面々が村の中に姿を現した。
一際目立つエースの隣には、大召喚士様の嬉しそうな笑顔が。
勿論エース君も、愛する恋人にわざわざ船着き場まで迎えに来てもらって幸せそうだった。
ユウナんは、薄くお化粧もして、きれいなパーティードレスを着て、すんごいきれい。
ティーダだけじゃなくて、男達みんな鼻の下伸ばしてるくらい、きれい。

ああ、いいなあ、この二人は、本当に好き合ってて。
そのうち正真正銘の愛のかたまりが産まれたりするんかな。
その瞬間あたしは、どうしてるんかな。


「リュック」
「!」
「どうしたの、さっきからぼーっとして」


両手にグラスを抱えたルールーがいつの間にか傍にいた。
そのうちの一つを差し出されたから、お礼を言って受け取った。
ほんのりとカシスの香り、でもそれ以上にフルーツの豊かな匂い・・・、ビサイドのお酒は、やさしくて好き。


「イナミちゃんは?」
「ワッカが抱いてるわ。酔っぱらいに預けるのは気がひけたんだけど・・・ちょっとだけ」


にこりと笑んだこの女性は、やっぱり色んな意味で目標だなぁって思う。
この人の醸し出す独特の雰囲気って、最初こそ接しにくいけど凄く安心するよ。
ルールーだからかな。
お母さんだからかな。


「・・・ルールー」
「ん?」


グラスを傾けながら、言おうかな・って思った。
相談したいって。
一回思っちゃうとこの人以外適任の相談相手はいない気がしてくる。
ごくん・一度唾を飲み込んで、口を開こうとしたとき。
ふと目の前を通った人の持っていた皿から、ぷんと匂いがした、あれは、チキン?


「・・・ぅ」
「・・・?リュック?」


くわん・くわん・くわん・って。
何これ、って思う前に、吐き気がした。
飲み、すぎた?
・・・いや、ていうか、さっき案内役から解放されたばっかりで、まだ飲んでも食べてもないんだけど。


「どうしたの?食べ過ぎ?飲み過ぎ?」
「ぅー・・・、どっち、も?」
「・・・あらあら、うちで寝るといいわ」


コップをそばにあったテーブルの上に置いて、ルールーにひかれるまま彼女たちの家に向かった。
両手で必死に押さえてるけど、むせかえりそうな嘔吐感が溢れてきて、ついに途中でしゃがみこんで、吐いた。
・・・吐きたかった、っていうのが正解で、ごほごほとむせるしかできなかった。
やばい、涙出てきた。


「・・・リュック」


びく。


「・・・言いたくなかったら、言わなくてもいいけど」
「・・・」


顔を、あげられなかった。
手が、ぶるぶる、震えてくるのがわかった。


「・・・わないで」
「え?」
「言わないで、誰にも・・・!ユウナんにもティーダにもワッカにも!言わないで!」


大声は出せなかった。
でも必死だって、自分でもわかった。
まるで、幽体離脱でもしたみたいに、泣きながらルールーに懇願してるあたしが見えた。


「・・・言わないわよ」


そう言いながら、そっと服の裾であたしの口を拭ってくれた。
お気に入りのドレスだよね、それ?
ごめんね、汚しちゃって。


「言いたくなったら、いいなさい」
「・・・ぅん」


涙が、止まらなかった。
堰を切ったみたいな何かが、涙の形をしてたくさん流れてきた。

文字通りあたし、必死で壁を作ってた。
ばれないように、わかんないように、最後にはなかったことにしようとしてた。
でもわかってた、だってあたしの身体だもん。

ここに、いるんだよ、あたしじゃない誰かが。

壁が濁流に流されて、どんどん削れてく、壊れてく。
もう向き合うしかないのね、あなたに。
そうして手放せなくなるのかな、あなたを。

そっと触ったお腹は重たかった、けど、温かかった。
数時間前のギップルの顔が、微かに瞼に浮かんだ気がした。









Continue.









これ書くにあたってつわりについて調べたんですが、あまり反映できませんでした。私がまだお母さんじゃないので想像するかお母さんになった友人に話を聞くしかできないのですが、お母さんって大変だなぁと・・・!
この中でお酒飲ませちゃいましたが、果物臭が大きかったから飲めた感じだと思います。肉とかご飯がきついらしいのでリュックちゃんもそうかなということで・・・。何だか改めて罪悪感が(苦笑)
ふ、深く考えずに読んでいただけるといいのかも!です;;
20090202
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