何だか、楽しい運命の悪戯で。
あたしはギップルの運転するホバーに揺られ、ルカを目指している。









ほむら、ひとつ











さすがに水陸両用ホバーでビサイドからルカに行くのは技術的にまだ無理みたいで、朝一番の連絡船にホバーを乗せてキーリカ経由で向かうことになった。
あたしは勿論ルカに、ギップルはあたしをルカに送り届けてからジョゼに帰るんだって。
別によかったのに、何だかその気になっちゃったらしくて、エスコートされることになった。

頼んだ訳じゃないけど、船の料金はギップルが持ってくれた。
こういうさりげないとこでフェミニストだからモテるんだろうね、こいつは。


「つうかさ、ルカに何しに行くわけ?」


射してきたばっかりの日差しを浴びながら波が立つのを見つめて、キーリカに着くまでずっと会話した。
寝ぼけていたギップルもさすがに潮風で目が覚めたようで、当然そんなことを聞かれもした。
だからとりあえず、ティーダにした言い訳と同じことを言っておいた。
目の前には広大な海原、それを眺めながらあたしは小さく嘘を吐く。
ああ、かわいそうなあたし、なんちゃって。
隣のギップルはさっきのティーダみたいにびっくりして、でももう治ったって伝えたら安心してた。


「焦らすなよ」


困ったように笑って、あたしを見た。

まあね、知り合いが通院してたら驚くよね。
あたしだってびっくりするよ。
でもこいつ、もっとびっくりすることがまさに目の前で現在進行中って知ったら、何て言うかな。

まあそれは置いといて、あたしにはさっきから、いや、ずっと?何となく思うことがあった。
それはやっぱり隣の、こいつのこと。

・・・まあ単純に、かっこよくなったって思った。
知ってる奴なのに、久しぶりに会ったときは一目惚れしたみたいな感覚だった。

でもだけど、違うんだよね。
あんたってば手足が伸びても表情が大人びても、あたしの知ってるあんたなんだ。
笑った顔も昔のまんま、大人になったって変わらないんだね。
立場も気持ちも意識も日々変わってくのに、それだけは同じなんだね。

何ていうか、複雑。
何でだろ。
そんなこいつが、羨ましいのかな。


「朝飯は?」
「食べた」
「俺まだだからちょっと、付き合って」
「えー朝からそんな食べたら太る〜」
「んな細いんだから問題ないっつの」


半ば無理矢理引きずられて下に降りると、食堂はやっぱり貸し切りみたいな状態だった。
適当に腰掛けて、一番軽いものを食べとこうって決めた。

ギップルはソーセージやらレタスやらぎゅうぎゅうに詰め込んで、マスタードとケチャップを豪快にかけて、三口でぺろり。
あたしはスライスされたフランスパンに少しずつバターやジャムを塗って、ちまちま食べ進めた。
食欲ないとかじゃなくて、本当に太っちゃうって思ってさ。
でもお腹に栄養摂られちゃうっていうし、そしたらもっと食べるようにした方がいいのかな?


「予約何時なの?」
「えっ、あー、朝イチ」
「ふうん、じゃあ時間も丁度いいな」


三回目の「ぺろり」で満足したらしく、ギップルは口端をペロッと舐めてから、あたしをラウンジへ誘った。
断る理由もなかったし、そもそも暇だし、もう食べたくなかったし、とにかくその背中を追うことにした。


「はぁ〜、いい眺めだぁ・・・」


さっきも見てたものだけど、太陽の位置が変わっただけでまた景色が変わってた。
陽光が海の表面にキラキラって光ってて、めちゃくちゃきれい。
朝早いから乗客も少なくて、波の音まで聞こえてきそうな風景だった。
息を吸っても、肺いっぱいに広がるのは清々しい酸素だけみたい。
そよそよって肌に当たってく風も、透明で優しい感じがした。

何とも言い様のない包容力があって、気づいたら目ぇ瞑って身を任せてた。


「何か、不思議じゃね?」
「へ?」


隣から不意に声をかけられて仰ぎ見たら、さっきのあたしと同じ、気持ちよさそうに目を閉じる彼が、緩やかに口に笑みを浮かべていた。
きっとやっぱり風が心地いいから、細める目はまるで、猫みたい。


「視界にあるのは、果てしない母なる海だけ。そんでもって、今この場でそれを見てるのは俺らだけだ」
「・・・」


いつからロマンチストになったのよ・なんてツッコミは心の中でだけ。
そう言われると、ただただ青い透明に釘付けになってしまった。
ああ、あたしが思った包容力って、それかな。
ハハナル、ってやつ。


「何か、偉大っつうか、すげーもん見てるっつうか・・・な」
「うん・・・」


思わず、笑っちゃった。
何ていうか、シンクロ?
いやいやそれよりも、タイムリー?


「知ってるか、俺たちみんな、海から生まれたんだぜ」
「そーなの?」
「そう」
「サルでしょ?」
「そのサルも海から生まれたの!」
「うっそだ〜」


手すりに身を乗り出して、豆知識を披露し出したギップルの方を見た。
本当に嘘だって思った訳じゃないよ。
ただ何だか・・・うん、懐かしくなった、のかな。
昔みたいで。

シンもいるし、寺院の脅威もあったし、今よりずっと物騒で怖かったけど、・・・でも、楽しかった。
バカみたいに安心もしてたと思う。

その安心の中に、あんたも確実にいたんだよ、ギップル。
そんでもって、今もやっぱり、いるんだなぁ。


「なんだよ」
「え?」
「何ニヤニヤしてるんだっつの!」
「あたっ」


小突かれたおでこを撫でながら、でもあたしは笑うしかなかった。
あたしやっぱり、こいつが好きなんだなぁ。
なんて、思っちゃったもんだからさ。

さっき無性に複雑な気分になった意味がやっとわかった。

つまり、あたし、逃げてたんだよね。
色んな言い訳して、知らない顔してるあいつに腹立てて、でもかっこつけて許したふりしてさ、誰も知らないどこかでこの子と生きてこうって思ってた。
でもそれって強さじゃないんだよ。

あたし自身、軽率だった自分がいやだっただけ。
素直にギップルに本当のこと言うのが怖かっただけ。
周りにバカな奴って思われたくなかっただけ。
今の自分と、これからの自分に向き合ってくのが、怖かっただけ!

勿論すぐには飲み込めないことだけど、どうにかしてかなくちゃいけないことだもん。
あたしがんばりたい。
がんばりたくなったんだよ、ギップル。











それは最終勧告というよりも、不思議と今朝見た朝日の陽光に思えた。


「おめでとうございます。ご懐妊されてますよ」
「・・・」


あたし決めた。


「あはは」


もう一歩だって、逃げないんだ。


「赤ちゃん」


あなたからも、・・・ギップルからも。


「お若いけど、大丈夫?生みますか?」


赤ちゃん、あなたを世界一幸せにしてみせる。


「ハイッ!」


どうなるかなんて全然わかんない。
間違ってるって思われるかも知れない。
だけど向かい合うって決めたんだから、幸せにしたいって思ったんだから、絶対叶えてあげたい。


(・・・あいつとも)


向き合うときが、来たんだよね。









Continue.














リュックちゃん、パワー全開!というわけで、私の予想とは若干ずれて、リュックちゃんは愛しのギップルに活力をもらって前向きになれました!ほんとギップルお前、罪な男だな(笑) そろそろ一番書きたかったシーンをお目見えできると思いますので、よろしくお付き合いのほどをお願いします・・・!
20090508
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