何の因果だろうか。否、因果ならきちんとあるのだけれど、そういう意味ではなくて。何故にこの青年同盟内の会議室で、よりにもよってよく知らない女性と二人きり、顔を向き合わせて座っているのか。たまたま傍を通った人間は一人残らず眉をひそめるか、肩をすくませるか、目を丸くするか、思わず足を止めるかしている。しかしこの現場に一番疑問符を、否抗議をしたいのは、他ならぬ当人たちだった。









「恋せよ少年」と言ってみる









「粗茶ですが」
「あっどーも」
「盟主もいかがですが」
「ああ、貰おう」

気まずい沈黙を一時的に緩和させたのは、ルチルが運んできたお茶だった。和むかと思われた空気もしかし一瞬で、彼女が去ればまた沈黙が帰ってきてしまった。ずずり。茶を流し込むタイミングも、湯飲みから口を離すタイミングも、テーブルに湯飲みを置くタイミングすら揃っているのに、口を開くタイミングだけが揃わない。逆に揃って黙りこくっているとも言えるが、そのせいで事態が前進せずにいる。

(何を話せばいいんだ・・・)

柄にもなく焦り、そわそわとした気分を持て余していた。先ほどから、掌にじっとりと汗をかいている気がする始末である。死にたがりと異名を取っていた重くかつ凛とした空気はどこへやら、これではただの娘の扱い方がわからない父親である。

(くそ、ギップルのやつめ)

怒りの矛先はここにはいない友人へ。否、いなくなったと言った方が正しいのだが。そう、ギップルこそがこの意味のわからない空間を作り上げた張本人だった。彼は30分ほど前に青年同盟本部へやって来て、連れの女性・・・リュックを預けるなり、理由も言わずそそくさとどこかへ行ってしまったのだ。リュックも何かを聞いていた訳ではないらしく、ポカンと口を開けて彼を見送るしかなかったようで。こうして二人、もやもやとした雰囲気を共有して早30分が経とうとしていたのだ。

「あのー」
「何だ」
「えっと、敷地内散歩して来ても、いい?」
「・・・ああ」

なるほど。預かってくれと言われたからとりあえず自分が仕事をする傍らに座らせておいたけれど、やはり退屈だったらしい。こちらとしても気まずい空気はいい加減たくさんだったから、好都合だった。

「本部から離れすぎると魔物が出る。気をつけろよ」
「は〜い」

随分間の抜けた返事だ。ヒラヒラと手を振りながら外へ出た彼女の、揺れる金のポニーテールを見送りながら、何故か昔を思い出した。アルベド族を見ることには慣れたから、その中でも一際強い金色を放つ彼女の髪が新鮮だったためだろう。その色は初めて金糸を、アルベドをじっくり見た日を思い出した。

『俺、アルベド族のギップル!』

妙に元気な、それでいて嬉しそうな声音は今でも耳が覚えている。それだけあの頃はギップルの存在は強烈だった。ギップルだけではない、バラライもパインも、自分を少しずつ支え、癒し、強くしてくれた気がする。まあ、こんなことは本人たちには死んだって言いたくないけれど。

訓練の合間、思えば色々な話をした。シンにまつわる話は勿論、スピラの未来について、自分たちの未来について、故郷の思い出・・・。そしてそういえば、初恋の話にまで話が及んだことすらあった。確かそのときはよい加減に皆酒が回り、訓練も次の日がたまの休みであったことから、口も大変柔らかくなっていたことも原因であろう。とにかくそのような訳で、まず純情そうなバラライが標的にされ根掘り葉掘り初恋の相手について聞きただされた。そしてその次に名前を挙げられたのが、ギップルだった。

『自分から人を好きになったのは、意外と遅かったかもな。つぅか、自覚したのが遅かったかも』
『へえ、案外ウブなんだな、あんたも』
『僕はもう、年齢が二桁にもならないころから色恋沙汰があったものだと思っていたよ』
『何じゃそら』

ふざけ半分、でもそこには普段の緊張感を和らげようとする意識も働いていたから、若干必死なところもあった。そういう意味ではこうした飲みは苦手で、むしろ不快に感じていた頃もあり、最初の頃は参加しなかった。しかし段々とそうした話ができるほどに、懐柔されてしまっていた。

『元気な女だった。アルベドは概してテンション高いけどさ、あいつは格別。アルベドの色濃い血を受け継いでんだろうな、たぶん。実は、あいつのお陰で俺はここにいるって部分もある』
『ほお?そんなに立派な女なのか』
『立派っていうか・・・泣き虫?でもそのくせ強い。泣きながらでも走ってけるんだから女は強いよな』
『偏見だな』
『はは、怒るなって、パイン先生!』

そうだ、あのとき奴はアルベドの色濃い血を受け継いでいる、と言っていた。あれは単にアルベド族が元々騒がしい気質の持ち主だから、それがよく現れていた初恋の少女に言葉のあやとして修飾したのだと思っていた。でももしかしたら、本当に血縁的な意味で言ったのではないだろうか?

「あのー!」

アルベド族に貴族制があったとは聞いていないから、仮に“色濃い血”と例えるならば族長の血筋だろう。ホームがなくなり事実上解散した今も族長がいるかはわからないが、いるとすればシンに対して飛空挺の舵を取ったと聞くシドだ。その娘で、且つ元気印の女性といえば・・・。

「あのー、ちょっとお腹すいちゃったんですけどぉ、何か貰えたりする?」
「くっ・・・」
「え」
「くっくっく・・・」
「え、な、何で笑うのさぁ!」
「いや・・・すまない、ちょっとな・・・くく」

馬鹿な話だ。二年前の何でもない話の一つが、目の前で続きを紡いでいただけのこと。まさかあのギップルがそんなに一直線な男だとは思わなかったが。或いは初恋と聞いて浮かんできたのが彼女で、今までの間に何人か心を奪われた女性がいたかもしれないけれど、何となくそれも違う気がする。勘でしかないが、昔話をしたあの頃の感じと、先ほど会った感じを鑑みて、そう思われるのだ。

「つかぬことを聞くが」
「?」
「あんたたちは・・・」
「お待たせぃ!」

話の途中で、突然の乱入者に邪魔をされた。現れたときと同じ、会議室のドアを勢いよく開け、威勢の良い声と共に入ってきたのはまさに、ギップルだった。

「暇は潰せたか、シドの娘!」
「ていうか!何突然置いてってるのさー!びっくりしたっつーの!」
「わりいわりい」

帰ってきたギップルはどこか油臭く、頬もやや煤けていた。恐らく彼女を喜ばせるためのサプライズを仕掛けてきたのだろう。それに巻き込まれてしまったということだが、今回は見逃してやることにした。思わぬ収穫が、当分酒の肴になるだろうから。

「悪かったなヌージ、いきなりよ」
「構わない。それより・・・」
「ん?」

それを聞くくらいのお茶目は、許されるだろう?

「随分とお前は、まっすぐな少年だったんだな?」
「はぁ?何の話だよ」
「ふっ、わからないならいい」
「???」

結局二人、口喧嘩をしながら本部を去っていった。まあギップルのことだから何とでも彼女の機嫌を取ることができるだろうが、それにしてもその光景はどこか微笑ましいもので、また笑ってしまった。

「もう帰られたんですね」
「ああ」

ルチルが様子を窺っていることは少し前から気がついていた。どうやら先ほど茶を持ってきたときに微妙な空気に気がついたらしく、いつでも助け船を出せるようにスタンバイしていたらしい。現に今も、この言葉がけには労いが感じられた。

「お前はあの少女と関わりが深いのか?」
「・・・直接的な関わりは、皆無に等しいかと。しかしユウナ様をお守りし世界を救ったガードでもありますし、同盟がエボンと戦争になりそうになったとき、彼女もやはり尽力してくれましたので、そういう意味で尊敬しております」
「そうか」
「でも尊敬という言葉を使うには、彼女はその・・・明朗快活な少女ですので。元気で可愛らしい女性は、羨ましい部分もあります」
「ふん・・・女としての羨望か。お前の口から面白い言葉が聞けたな」

またそういう部分に、救われ力づけられたのだろう。今更詳しく聞く事はしないだろうが、ギップルはあの少女に対して色々な思い入れがありそうだ。それこそ初恋だとかの一言で片づけられないほどの色々なものを。

「おい、エボンのバラライに通信を繋いでくれ」
「はっ、会議でしょうか?」
「いや・・・ただの世間話だ」
「はあ」





余談として。その晩やっと昼間の言葉の意味がわかったらしいギップルから、弁明じみた通信が入った。いつもよりも饒舌な男の言いぐさにまた笑いを誘われたが、そのときはじっくり聞いてやった。誰にも言わないでくれとの言葉には適当に相槌を打ち、最後にお前たちは付き合っているのか、と訪ねてみた。

「まだだよ!でも今が正念場っつーか、って何言わせんだ!」

また、予想以上に可愛い男だったようだ。そのうち懐かしいメンツでまた酒を囲み、そうした話ができればいい。そんな柄にもないことを考えながら通信を切った。









おわり









ずーっと前に書きたいーと言っていた、ヌージとリュックちゃんが絡むお話^^やっと書けました!色々な続き物をほったらかしにして・・・笑 でも書きかけだったので、何とか完成させたかったのです。できてみれば二人の絡みがメインというよりも、ヌージがギップルをいじめるような感じになってしまいましたが^^;;とにかくこのお話は、純情なギップルさんとなりました。そんな彼もアリですよねv
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