その均衡を崩してしまったのは、誰?









天秤の底の穴 1









その光景は、見ている人間の頬を緩ませるくらいの威力を持っていた。
淡泊では決してない、でも濃厚すぎるわけでもない、穏やかで且つ温かい雰囲気が二人の周りには溢れており、二人が言葉を交わしているだけでもその幸福を分け与えられるかのような錯覚を抱かせた。
春の日差しの中に十分に干した布団のように、昼寝を存分に楽しんで目を細める猫の腹の毛に頬ずりをするように、疲れ切った身体をたっぷりとした湯の中に沈める瞬間のように。
皆一様に頬を緩ませて二人を見る中で、二人もまたその空気を感じているように、お互いの間だけで見せる柔らかさをふんだんに撒き散らしているようだった。

少なくともリュックはそう感じており、ギップルを溢れんばかりの愛情をこめた瞳で見つめ、二人でいる瞬間の一つ一つを幸福と感じていた。
端から見てもわかるくらいの愛情。
周囲の人間は二人の気持ちに気がついているつもりでいたし、リュックもまた、それを感じていた。
思い上がっているわけではなかったが、それに近いとも言え、自分は彼の中で最も心の距離が近い存在であると感じていた。
それはまた、彼女にも言えることでもあった。

だからこの日、彼女は思わず涙を溢し、またそれを止められない自分を抑えられなかった。
得体の知れない羞恥に身を焦がされるような気分を味わいながら、また膝に力が入らなくなっていく自分が哀れに思えて仕方がなかった。
丁度傍に個室があったのが幸いで、そのような状態になってしまって自分を取り戻すまでの30秒間を廊下で過ごし、その後脱兎のごとくその個室に篭もってしまった。
どうかその30秒が誰にも見られていませんように、と願いながら、しかしその願いも途中で忘れてしまうくらいの涙を流した。






(・・・腫れぼったい・・・)

鏡を見るなり、げんなりとした溜息が溢れてしまった。
その吐息も黒い色が着いていそうな重たいものに感じられ、溜息は拍車を掛けた。
彼女の元気に満ちあふれたトレードマークのような雰囲気はなりを潜め、病人まではいかずともそれに類似するような気配を全身に帯びていた。

これはまずい、これはどうしても、ばれるだろう。
誰にと言えば、もちろんアニキやダチらに。
詮索好きで茶化すのが好きなのは血である、絶対にあの兄は絡んでくるだろう。
それが嫌で嫌でたまらない。

・・・否、嫌なのはむしろ、自分自身というか・・・。

(これ、リュックちゃん、調子こいてたってことかなぁ・・・)

悔しい、とか、悲しい、とか、そういう感情もあるにはある。
でも、それよりも何よりも勝るのは、恥ずかしいという感情。
それこそもう、自分の今までの所業を思うと、もうジョゼには足を運べないだろうというくらい。
彼の顔などもう真っ正面から見られないだろうというくらい。

「あーーーーーっ!!!もう!」

気がついたら大声で叫んでいた。
もうこれは仕方がない、何を言われても仕方がない、何故ならもう叫ばないと身体中が感情で爆発してしまいそうだったからだ。
この叫びのせいで誰かが部屋に来てしまうかも知れなかったが、そこまで構っていられなかったのだ。

「おいリュック」

ほら案の定、誰かが来た。
声からしてダチであろう。
声音がやや心配を帯びていたから先ほどの叫びを聞きつけてのことだろうか。
無視してしまおうかとも思ったが、ガンガンと扉をノックと言うよりも叩かれ、煩いのと仕方がないのとで、ぶーたれながらしぶしぶ扉を開けた。

「なーにーさー」
「いや、今」
「知らないもーん!」
「へいへい、それよかな、仕事だ」
「へ?」

どうやら仕事の用件を伝えるためにリュックの部屋に来たところ、先ほどの叫びと遭遇してしまったらしい。
それはそれで多少気恥ずかしさを感じたリュックであったが、しかしいいと思った。
仕事を浴びるようにすれば、今まで感じていた恥ずかしさもその他諸々の悪い感情も、忘れられるのではないかと考えたからだ。
しかしはっと何事かに気がついた彼女は、ダチの胸倉を思い切り掴んでそのまま押したおさんばかりの勢いで食いかかり、一つの条件を提示した。

「ジョゼでの仕事はお断りだかんね!!」
「え、何で」
「なーんーでーもー!!!」

これは重要なことだ。
今このままの状態でジョゼで、彼と顔を突き合わせて、それこそ浴びるように仕事をすることなど、不可能だ。
自殺行為だ。
そんなことになるものなら、ジョゼ街道から飛び降りてやる!とまで思っていた。

「何だ何だ、喧嘩でもしたか?」
「だっ誰とよ!」
「そりゃあ、ギップルだろう」
「知らない知らない!違うし!別の話だし!関係まっったくないし!」
「そんなこと言っていいのかねぇ」

大きく動揺しながら否を唱えたのだが、まあ当たらずしも遠からずというところだ。
ニヤニヤするダチを横目で見ながら、彼女はまた別のことも考えた。

それは、やはりダチの目から見ても、自分とギップルの関係は普通以上のものであったということ。
或いは少なくとも自分がギップルに向けている気持ちが、仲間に向けてのもの以上であるということ。
それが、公然の事実であったということだ。

それは、いい。
気恥ずかしさはあっても、いずれはばれることでもあるし、昨日までのリュックの中では恐らく想い合っていると思っていたから、全く気にすべきことではないと思っていたのだ。
しかし問題は、こうしたことが公然の事実であるならば、あの聡いギップルもまた、気がついていただろうということだ。

リュックは回想する。
ああ、たまに結構わかりやすいアピールをしてしまった気がする。
例えば一日くたくたになるまで働いて疲労困憊になったとき、たまたま隣にいたギップルの背中にしなだれかかり、「歩けないーおんぶー」などと甘え声で頼んでしまった。
そしてそのまま動こうとはしないリュックに呆れた溜息を返しながらも、お姫様だっこでテントまで運んでくれた彼の首に思い切り抱きついてしまったりもした。
あれはそう、彼も自分と同じような気持ちを抱いてくれていると勝手に思っていたから。
まだきちんと言葉にしてはいなかったけれど、許されることだと思っていたし、また彼も満更ではなかったから大丈夫だと思っていたのだ。

でも、全てはもしかしたら、勘違いだったかも知れないのだ。
リュックが勝手に彼を大好きなだけ、彼は彼でリュックの好意に気がつき、例のような行動からそれを再確認することを重ねながら、しかし突っぱねるのもおかしいし、またそうすることも所々の事情(彼女がアルベド族族長の娘であったり、仕事上よく関わる人間であるからであったり、だ)からそうすることもできず、優しく対応してくれていたのではないだろうか。
そうだと思うと、彼女の羞恥はまた輪をかけて大きくなっていってしまうのだった。

「あああ、やっぱ、むりむりむり!無理だかんね!」
「安心しろ、今回はジョゼじゃないから」
「え゛っ」

だったら、早く言ってほしかった。
顔を真っ赤にさせてしまったリュックをダチはまたニヤニヤしながら見ていたから、十中八九こうして彼女が目の前で悩みながら悶え苦しむことは想像がついていたのだろう。
悔しい。

「そう怒るな。冗談だ」
「悪趣味ー!」
「すまん。で、仕事な、ルカだ」
「ルカぁ?じゃあ、シンラ?」
「というよりも、リンだな、今回は」
「どっちも同じだしー」

シンラとリンの共同研究は、最早スピラ中の人間が知っていることだった。
シンの恐怖もそこからの復興作業も政治も一段落してからは、そうした世界的な研究やプロジェクトが増えつつある。
その中でも大規模なのが、例の二人の研究であり、カモメ団も最早協賛の立場で協力していた。
その仕事も大体がルカだったので、今回も察しがついたわけだ。

「まー今回は楽らしいから安心しろ」
「楽っつったって・・・リンたちの目線でしょ?」
「まあな。ま、がんばれよ」
「は?みんなで行くんでしょ?」
「俺たち男は力仕事だと・・・リュック、代わらないか?」
「あはは!やだよー!」

笑ってみたら、幾分気分がすっきりしたと感じた。
やはり話し好きの自分は話すことでストレスを発散させられるのだと、このときはっきりと感じた。
こうなったらもう気が済むまで、話して話して話し倒すしかない。
明日の仕事が終わったら通信スフィアで片っ端から友人たちにかけまくるしかない、と思った。









continue.









ブログでちょっと話題にしたネタでギプリュです!リンが絡むギプリュ・・・実はずっと書きたかった形式でもあります。ここだけの話、リンリュも興味ある人間なので・・・笑(本命は勿論ギプリュですが^^*)多少リンリュ的な要素も含まれてくるので、苦手な方いたら申し訳ないのですが><でもちゃんとギプリュで収まりますので、よろしければお付き合いお願いします・・・!(100302)
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