ああなる予定だったけれど、だからそれのせいでつまり、こういうことになってしまった。









天秤の底の穴 2









仕事自体は存外簡単な内容だった。
いつもなら男女問わず肉体労働を強いて扱き使うような仕事元であるのに、今日に関しては一部肩の荷を下ろして取り組める仕事であった。
こうした仕事の割り振りは総じてランダムで決まる。
先方もカモメ団の他に色々な組織に依頼しているらしく、リーダーであるシンラ或いはリンが適当に今ある仕事を押しつけてくるらしい。
大変ながらもその内容は時に冒険を匂わすようなものであり、また報酬も弾むことから、皆嫌々と口では言いつつも、毎回是しか唱えなかった。

さてそんな訳で、今日のリュックの仕事は比較的シンプルかつ単純なものであった。 所謂書類整理だ。
こうした雑用のような仕事がカモメ団に配置されるのは異例と言ってもよい。
何故なら常に上記のように仕事の割り振りが行われるとはいえ、カモメ団の実力もとい体力プラス融通が利くことを知っているリーダー二人の意図により、彼らにだけは積極的に体力勝負の仕事が回ってくるからである。
現にアニキやダチは肉体労働が回されている。
ではリュックが今回書類整理に回されたことに何か別の意図があるのかと言えば、その実恐らく何もなく、単に今回は肉体労働にあまり人数を必要としなかったためであろう。

「うひー、目がしぱしぱするよう・・・」

しかしそんなラッキーな状態であるにも関わらず、根が体力勝負派のリュックにとっては、こちらの仕事こそが拷問に近いようであった。
元来アルベド族は(という風に括りをしてしまうと抗議する人間も一部いるだろうが、大方の話である)、考えることを大事にする一方で肉体労働を得意とし喜びとする人種であったりもする。
故に一日朝から晩まで机と向き合い、びっしりと文字が並んだ紙をひたすら種類別に整理していく今回の仕事は、最も彼らとは縁遠い行動と言っても過言ではないのだろう。

「適度に休憩していただいて構いませんよ」
「!」

涙目になってきたリュックが一人格闘していた部屋に突然現れたのは、多忙を極めている筈のリーダーの一人、リンであった。
何故ここに、とリュックが目で疑問を投げかけると、にっこりと笑みを溢したリンが手持ちの袋をかざして見せた。

「私も一息、休憩です。シンラ君に聞いたらリュックさんがここにいるということでしたから、日頃の感謝も込めまして一緒にお茶でもと」
「わおー!お茶!?お菓子!?食べる食べるーーー!」

沸き上がってきた喜びという感情に忠実に従い諸手を挙げて喜んだのも束の間、その瞬間それまで揃えていた書類を思わず派手に投げ飛ばしてしまい、また一つ仕事を増やしてしまった。

「・・・・・・・・・・・・」

もはや絶句である。
それを目撃してしまった、あるいは一端を担ってしまったリンはといえば、しかし相変わらず愉快な族長の娘に対する笑いを堪えるのに必死だった。

「・・・笑えばいーじゃん、はあ・・・」
「いえいえ、そんなことは・・・ふふふ」
「笑ってんじゃん!いっそ笑えーーー!!!わはははは!」
「・・・リュックさん、お疲れなんですね」

冗談とも労いとも取れる、否リンとしては前者の意味で言った言葉だがリュックとしては労いとたまたま受け取った言葉に、やけで高笑いをしていたリュックはぴたりと停止した。
それは少し違和感を感じるくらいの行動で、リンも自分のせいかと眉根を心配に寄せながらリュックの表情を仰いだ。

「リュックさん?お気に障りましたならお詫びします」
「あ。いや、違う違う!気にしてないよ!・・・たださ、・・・」

その瞬間、先日のことを思い出してしまっていた。
今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい、あのこと。
でも何故だか、それほど恥ずかしいと感じることであるにも関わらず、今なら言ってしまってもいいような気がした。
今同じ空間にいるこの男が、世代も考え方も恋愛の環境も全く違うから、だろうか。

「このおっちょこちょいな性格を、どうにかしたいなぁって思っただけ」

こんなに歪曲した言い方をしたにも関わらず、頭の中でそのときのことが思い出されてしまっていたからか、頬にぐんぐん血が上っていくのを感じた。
どうすればいいのか、だって相手は別に悪い事をしたわけではないのだから、怒る訳にもいかない。
むしろ心境的には、謝りたいような。

「何かおありで?」
「・・・んー」

持ってきた袋からドーナツとペットボトルのお茶を取り出し、リュックに差し出した。
その瞬間のリンは何というか、リュックからしてみれば、頼りになるオーラが溢れていて。
口が滑ったとはこういうことを言うのだとでも言うように、話していた。
先日のことを。

「ギップルさ、彼女いたんだよ」
「!それは・・・初耳です」
「ねー、あたしも、初めて知った・・・この前」
「私はてっきりギップルさんはあなたを・・・、おや、すいません」
「〜〜〜そこで謝るのが何か、ムカツキ!」

思いっきり突き出してしまった下唇をゆっくり引っ込めながら、でもああ、リンもやっぱりそう思ってた?なんて本音むき出しで愚痴りたい気持ちもした。
正直、恥ずかしい気持ちに隠れて、理解できないという気持ちも、心の中の3%くらいを占めていたからだ。

「ぶっちゃけさぁ」
「はい」
「あたし、あいつのこと・・・あの、アレだったわけ」
「やはりそうでしたか」
「・・・だよね、やっぱ、わかってたよね・・・」

恥ずかしさ、復活。
こうもはっきり「やっぱり」なんて言われてしまったら、老若男女あらゆる人にもう、気持ちがいいくらいにばれまくっているに違いない。
もう割り切った方が、というか、開き直った方が楽かもしれない。

「聞いてよリン!」
「はい」
「あたしってばさぁ、勘違いしてたわけ!あいつもあたしのこと好きだって!」
「ええ、私もそう思っていましたよ」
「でしょ!・・・って、ぇ?えっ!!!」

またもやサラリとそんなことを言うものだから、一瞬流してしまった。
瞬間的にドキン!と大きく心臓の動脈が激しくなった、けれど、それもすぐに収まった。
何故ならダチもまた、そのようなことを言っていたからだ。

「それはあいつが、あたしに気ぃ遣ってたからだよ」
「ほう」
「あんまりにもあたしがはっきりわかりやすかったから、かわいそうだったんでしょ」
「・・・」

自分で言っていて、内臓が痛いと思った。
言ってみればなるほどそうだなんて納得してしまって、その妙にしっくりきてしまった感じがまた、恥ずかしさに苛まれていたつい先ほどよりもまた苦しい状況であった。

「そうですかねぇ・・・」
「そーだよ・・・だってさぁ、彼女でもない人とこっそり抱き合ったりする!?こそこそ話なんてする!?ないでしょ!?」
「私はまぁ、ありますけど」
「・・・あー、あんたは、そうだろうけどさ!一般的に!」
「そうすると、状況は少ないでしょうね」
「・・・・・・でしょ」

あのときギップルは、リュックの見知らぬ女性を抱きしめていたのだ。
リュックのいた方からは彼の背中しか見受けられなかったけれど、チラチラと垣間見えた相手の女性は嬉しそうな顔をして、頬を赤らめて、いたのだ。
その後わざわざ腰をかがめて、彼女の話を聞いて肩を揺らしていた。
きっと笑ったのだろうなんて思った瞬間には、もうその光景を見ていられるだけの気力がリュックには残されていなかった。

気付いてしまったからだ、この二人の作る空間が、恋人同士のそれであるということに。

「サイアク・・・」

もはや枯れ果てたと思っていた涙が、右目の涙腺から溢れ出た。
ぽろりと溢れたものだから、再度あのときのことを思い出していたリュックは気付かず、その様子を見守っていたリンだけが気がついた。

「・・・」
「・・・」

そのまま一分間ほど、沈黙が続いた。
漸く動いたのはリュックで、大きく溜息を吐き、そのまま深呼吸を数回繰り返した。

「ごめん、超弱かった、今」
「いいえ」
「・・・ありがと、いてくれて」
「お気になさらず」
「・・・ん」

相手が自分よりも何年も長く生きている大人だからだろうか。
あるいはものの考え方が全く違う人間だからだろうか。
もしくは彼という人間が元来持つオーラが、優しいからだろうか。
とにかく今の心境のリュックにとって、リンといることが何をすることよりも気休めになったし、安らいだ。

「あんた、いい奴」
「ありがとうございます」
「お礼言うのはあたしでいいの」

ニカッと笑ってみせれば、存外笑うことでまた気持ちが落ち着くのを感じた。
昨夜も思った事だったけれども、やはり笑うことは大事だなあなんて、少し場違いな納得をしてみたりもした。

ふとリンを見れば、彼は微笑を浮かべながらも一方で、何事かを考えているかのような表情を浮かべていた。
疑問符を浮かべながら小首を傾げると、リアクションを待っていたかのようにリンが口を開いた。

「ただ、まだ決めつけるのは時期尚早かとも思いますよ」
「へ?」
「ギップルさんのこともですが・・・リュックさんがおっちょこちょい、という話です」
「・・・何で蒸し返すかな」
「すいません、言っておきたくて」
「しょーがない、今日の恩人だし、聞いたげる」

諦めた顔をして、ドーナツの最後の欠片を口の中に放り込み、お茶で流し込んだ。
口の端についた砂糖を舌でペロリと舐め上げながら、自分を真っ直ぐに見つめるリンを見つめ返した。

「世の中、色々な状況が転がっているものです。臨機応変という言葉もあれば、八方塞がりという言葉があるように、それに対してどう対応していくかということはその人の個性によるもの。だから、リュックさんはおっちょこちょいなのではなくて、他人よりも先に先に走っていっているだけです。恥じることはない、あなたはただ行動せしめただけなのだから」
「・・・難しくって、よくわかんないんだけど」
「つまりは、どういう状況でもあがいてもがいてくじけないのが、あなたのいいところだということです」

つまり、勘違いなんて自分の性格上よくあることなんだから、気にするなと。
その性格を変えたいと嘆いていたのだけれど、リンの言い方を汲みすると、そんなことしなくても今のままでいいということだろうか。
ついでに言えば、ギップルに対して今までしてきた、リュックが“恥ずかしいこと”と判断した行動も、別に恥じることはないと言ってくれた、と、解釈していいのだろうか。

「うん、そーゆーことにしとく・・・、ありがと!」
「・・・そう、その意気だ」

そしてその瞬間は、突然訪れた。

「これから何があってもがんばっていけるように、おまじないです」

小さい机を挟んで向かい合って座っていたリンが、右手を伸ばした。
何をするのかとその手を追っていると、リュックの頭に伸びた。
ああ、こうして頭を撫でてくれるのがおまじないか、ガキ扱いしちゃって、なんて思いながら、リュックはまた笑みを溢した。

その緩んだ唇に、優しく口づけが落とされた。

「・・・・・・・・・・・・」
「では、残りの仕事もがんばって」
「・・・・・・・・・・・・」

休憩は終わりだとでも言うように、手早くその場を片づけ、颯爽とリンは去った。
残されたのは、放心したリュックとお茶のペットボトル。
まだ半分ほど、お茶が残っていたのだ。

「・・・・・・・・・・・・はい?」

突然の爆弾投下に、リュックはもはやついて行けなかった。









continue.









何してるのリンさーん!・・・というところで、区切りました。笑
リンにはどんな意図があったのか、そもそもギップルさんはホントに彼女がいるのか、リュックちゃんはこれからどうするのか、3番目だけまだちょっとあやふやなんですけど(ぇっ)、ラストは決まっているので、そこにうまーく繋げられるようにじっくり妄想してみたいと思います^^
(100518)
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