あの「おまじない」騒動(という風にリュックは自分の中で呼んでいる)から、早三日。 あれから何かが変わったかと言うと、そうでもない。 天秤の底の穴 3 例えばリュックの中で、最近巻き起こった或いは事実として知った色々なことに冷静に整理を付けられたかと言えば、そうでもなく。 例えばいきなりキスをしてきたリンとの間に何かしら変化が訪れたかといえば、やはりそうでもなく。 逆にギップルと何かしら進展或いは後退があったかといえば、まあそれもないことであった。 つまり本当に何も起こらず何も変わらず、ただただ時間が流れ三日が経過。 でもその間リュックが何もしなかったかといえば、そうでもない。 悶々と、一応はそれなりに、考えていたのだ。 (リンって、あいつって、あたしのこと好きだったの!?) そして行き着いた結論は、他人が聞いたら仰天するような事実だったり。 しかしリュックは至極まじめに考えた。 でも結局、それはないなと自分でも思い至り、その考えを棄却した。 (だってあの百戦錬磨のリンだよ、昔なじみだからってありえないっつーの!・・・ギップル以上に、ありえないって、・・・) そしてその名前が思考に登場したところで、半ば復活しかけていた元気が萎えた。 正しくはギップルのせい、ではなくて、ギップルが自分の知らない女性と作り出していたあの雰囲気のせいで、だ。 もう散々に恥ずかしい思いは痛感したので、三日経った今はポッと頬が一瞬染まるだけですぐに平静に戻れた。 何事も慣れである。 慣れついでに、また今までの彼の行動についても考えた。 そして新たな局面が見えてきたのは、リンのせい・・・もとい、お陰であった。 (女の扱いってモノに、慣れてたんだろうな、どいつもこいつも) 最初にリンの顔を、次いでギップルの顔を思い出して、知らず溜息を溢した。 自分に気を遣って“いい扱い”をしてもらっていたと思うよりも、最初から女性の扱いに慣れていたと思う方が、精神的にダメージが少なかったからだ。 そしてその考えに甘んじようと瞬時に悟った自分が、何だか滑稽に思えたからだ。 (これ、未練って奴かな・・・それとも、悔しい?やっぱり、悔しいのあたし・・・?) その程度にしか思われてなかっただろうことを考えるとギップルに対して悔しい。 自分に一番都合がよい考えにぶつかった途端にそれに縋りついた、自分に対して悔しい。 それをよしとし、自分のままにいればいいとキスをしたリンに対して悔しい。 ついでに、遠くの方で大声で熱唱しているアニキは何だか腹が立つ。 (・・・それた) 思考が散乱している、と思った。 確かに悔しい思いは自分の中にあったけれども、だからといって皆が憎いわけではない。 ただきっと、本当に、心の整理がつかないだけなのだ。 三日では足りなかったら、あと何日費やすればいいのか・・・は、未だわからないけれど。 「しょーがないな、時間のかかる困ったちゃん!って、あたしか!」 目の前に広がる大空に向かって独りごちると、すくりと立ち上がった。 飛空艇の甲板で風にそよがれながら考え事をするのは最早リュックのくせであった。 リュックを問わず、カモメ団のメンバーは好んでこの甲板に出てくる人間が多かった。 言葉を発しても風に流れて消えてしまう、ちっぽけな悩みであればそれこそ風と共にどこかへいってしまう、そんな不思議な回復を与えてくれるこの場所を、皆それぞれの過程で見いだしたのだ。 そんな場所で吹っ切ったような声を発したリュックの顔は、未だ心の整頓ができていないとはいえ、すっきりとした表情をしていた。 (とりあえず、目の前の仕事をしよう!そんで、暇ができたらユウナんに通信!パインにも通信!その次は部屋の掃除!あとは・・・まー、そのときに決めるか!) やることを決めたリュックは足取り軽くエレベーターに乗り、ひとまず今日の予定を聞くためにアニキのいるブリッジに向かった。 「アニキー!今日はどこ行くの!?」 「うん!今日はな!ジョゼで」 「お断りー!!!」 「おおう!?」 リュックの絶叫とアニキの悲鳴の背後で、ダチが呆れた声で一言呟いた。 「随分と長い痴話喧嘩だな」 ※ それからまた、一週間が経った。 その間にもジョゼからのSOSは何度か入ったが、いずれも人手をそれほど必要とするような大がかりなものではなかったため、アニキとダチだけで対応した。 以前ならば先頭を切ってジョゼへ行っていた紅一点は相変わらずなりを潜めている。 ダチは面白がりながらしかし何も言わず、アニキは妹のらしくない行動への心配よりもむしろギップルらの手助けをすることにぶちぶちと文句を言ってばかりである。 また、先方からも特に何も言われなかった。 だからといって、やはり未だ何も進展していないかといえばそうでもない。 リュックはやっと心の整理をつけ、そろそろジョゼにいつもの顔で訪れることができるくらいには回復していた。 ただそのときに万が一“ギップルの彼女”と鉢合わせをして、冷静に会話できるかは自信がなかったけれど。 まあそんなものは慣れである、と割り切ってしまった部分もあるので、恐らく大丈夫であろう。 そんなわけで一週間後の今日、数えて4回目の通信SOSにはリュックが応答した。 「はいはいこちらカモメ団〜」 『お、シドの娘?何か久しぶりな気が・・・お前今までどこほっつき歩いてたんだ』 「失礼な奴だねー、別の仕事してたの!んで、何なのさ」 『ああ、また仕事の依頼なんだけどな』 久しぶりのギップルだった。 一週間で別人になる人間などいないように、ギップルもまた特に変わったところはなく、リュックのよく知った彼がスフィア越しに見えた。 顔も声も話し方も仕草も、全て記憶にある通り。 でも何かが違うように思ってしまうのは、予想するまでもない、彼が自分以外の女性との時間をしっかりと持っていると知ってしまったからだ。 しかし心の整理はよくついていたようで、それを自覚してもいつも通りに会話を続けることができた。 「何だ、仲直りしたのか」 通信を切ると、途端にダチが口を挟んだ。 別に喧嘩なんて最初からしてないし、と下唇を突き出しながら答えたリュックは、ふとダチはどうなんだろうと思った。 勿論リンとギップルに当てはめた先日の命題、女性の扱いの上手下手である。 「ダチってさぁ、女慣れしてる方?」 「はぁ?何だいきなり」 「いーから答えて」 「・・・お前なぁ、俺が女慣れするほどモテてたら、毎週アニキと合コンなんてすると思うか?」 「・・・毎週してたわけ?」 「まあな。たまにただの飲み会だけどな、男同士の」 「・・・哀れ」 「大きなお世話だ」 可哀想なダチは放っておいて、確かにダチとあいつらは違うしな・なんて一人納得した。 別に女慣れしていないからといって、優しくないわけではない。 でも根本的な接し方が違う気がするのだ。 ギップルやリンはそういう接し方をする、と思う。 例えるなら、彼らと話していて、ふと油断をするとあっという間に心を奪われてしまいそうになる気がするとか。 話しながらじっと瞳を見つめると、そのまま吸い込まれてしまいそうになるとか。 段々安心してきて、身も心も気を置かず任せられる気分になってしまうとか。 (まあ、それもたまーにだけどさ) 自分が相手に恋をしているからという理由ではないとは思う。 何故なら多かれ少なかれ、リュックはその類の感情を二人共に感じるからだ。 そして恋情を抱いているのは、そのうちの一人だけ・・・だからだ。 そうするとやはり、女慣れした彼らにしか発すことができないフェロモンの類があるのではないか、と思ってしまうのも仕方がない。 (他に理由なんてないもんね。だからつまり・・・あたしももっと男慣れしろってことか) いい教訓だ、なんて思いながら、自室へ戻った。 このときのリュックは、まさか次の日にあんな逆転劇が起こるだなんてことは予想だにしていなかったのだ。 continue. あと1・2話で終わります。女慣れしてる男は怖いと痛感してしまったリュックですが・・・さて次回!笑 (100603) |