「うまくまとまったらしいですね」
「へっ」

にこにこ顔・・・とはいつもの彼の表情だが、今日もまたいつもの笑みで話しかけられ、しかも内容が内容であったから、リュックはかちんと固まってしまった。
そういえば、彼と会うのはあの・・・おまじない以来だ。









天秤の底の穴 5









「誰から聞いたの」
「情報なんてどこからでも入ってきますよ。今回はそうですね・・・限りなく彼よりのところから、とだけ言っておきましょう」

はあ、知らず溜息が出た。
まあつまり、マキナ派の誰かがぽろりと溢したのだろう。
しかしそれは当然とも言える、何故なら自分だって、あんな騒動を他人の場合で見たら、相当言いふらしていると思う。

「えーと・・・ご心配おかけしました・・・」
「いえいえ、私など特に何もしておりませんから」

今日は何故リュックとリンが対面したかといえば、まあたまたまである。
休日の息抜きに狼レースを見ようとナギ平原に行ったリュックと、青空・銀色公使の手腕を勉強しようと足を運んだリンとが、鉢合わせしたのだ。
一瞬困ったリュックを見透かしたのか、或いは単に自分に素直だったのか、冒頭のようにリンが話しかけ、その流れで二人揃って休憩所にいるのである。

「結局原因はどこにあったのですかな?」
「んー・・・まあ、つまり、あたしかも」
「ほう」
「勘違いだったみたい。ギップル曰く、あたしがヤキモチ妬いた結果、大してベタベタしてなかったのにそう見えたんじゃないって。他のマキナ派の奴らに聞いても、ギップルがあたし以外で、その、イチャイチャしてたのは、・・・見たことないって・・・」
「ほう」
「・・・あんた、あたしが恥ずかしい思いして言ってんのに、何でそんな眈々としてるわけ」
「おや、もっと食いついてほしいですかな」
「・・・いや、話しづらい・・・」
「そうでしょう」

にこにこ。
目の前の大人の余裕には、ただただ脱帽するしかない。
こんな人だから、女性と特別に接するのもキスを送るのも文字通り笑顔でできるのだろう。

「あのさあ」

そんな大人の男相手だから、疑問だった事も色々聞いてみたくなってしまう。

「男の人って、誰にでも優しくできちゃうの?」
「優しく、と言いますと」
「んーと、例えば好きじゃない女の人でも、相談持ちかけられたらすんごい親身に話聞いちゃうとか、声がちっちゃかったら顔近づけてふんふんって聞いてあげるとか、うんと、」

そこでリュックはこの前のキスのことを言及したくなった。
男は、優しさの延長線で好きでもない女性にキスを送ることができるものなのかと。
リンだから・と言ってしまえばそれまでなのだけれど、どうやらリンと似たようなラインに立っているらしい恋人のことを考えると、同じことをされそうで嫌なのだ。
自分が知らないところで、優しさからどこぞの女性にキスしていたとしたら・・・。

「あたしは、ちょっと不誠実な優しさもあると思うんだけど、どう思う?」

だからこれは、リンに聞きたいというよりも、リンを介してギップルに聞きたいこととも言えた。
直接聞いてしまえばいいのだけれど、しかしそうするとまかり間違って自分がリンにキスされたことも言ってしまいそうな気もしたので、なるべくそうしたくはないのだ。

「不誠実というのは・・・その女性に対して?」
「それもだけど、それよりも、その男の人が大切に思ってる女性に対して・・・ていうか、その人の恋人に対して?っていうか・・・」
「なるほど」

リンは相手を見下したりバカにしたりするような態度をすることは全くと言っていいほどないけれど、相手を何もかも見透かしたような表情はする、とリュックは常々思っていた。
そして今、自分がその表情を向けられ、何だかバツが悪くなってしまった。
リュックの腹の内なんて、きっとお見通しなのだ。

「確かに不誠実と思われるかも知れませんが、男だって自分なりに線引きをしているのですよ」
「え?」
「いい男は誰だって女性に対して優しいものです。でも、特別な女性には特別な優しさを送るものですよ」
「特別な・・・優しさ?」

心当たりがあるかもしれない、なんて思ってしまう辺り、自分は今幸せなのだろうか。

「男女問わず他人に接するとき、この人にはこれくらいの優しさで接しようと決めて接するわけではありませんが、誰だって心中で半ば秤にかける気持ちで態度を決めているところがあるでしょう。極端な話、目の前に人が二人いたとしたら、その二人を秤にかけてより自分にとって比重がある方に話しかけるでしょう。そういうものです」
「・・・そーなのかな?そんなの話したい方に話すじゃん」
「それは話題というおもりが加えられるからですな。それに飽くまで無意識下の話です」
「リンの話ってさぁ、難しいよね」
「これはこれは、申し訳ございません」

あ、今バカにされた。
ムカッとしたけれど、でもそれもリンのにこにこ顔を見ていたら収まってしまった。
得な顔してるな、なんてそれこそバカにしているようなことを考えた。

「まあそれでです。特別な女性の場合、この秤が意味をなさないんですよ」
「何で?・・・一番好きだから?」
「そうですな」

冗談で言ってみたものが肯定されてしまって、リュックは息を飲んでしまった。

「秤が壊れたか、皿に穴が空いてしまったようなものです。その人に全てが優先される、言わばジョーカーのような存在」
「・・・」
「私から見ても、彼はリュックさんにそうした接し方をしているように見えましたな」
「!!!」

やっぱり見抜かれてた!
そう思うやいなや、自覚するよりも先に立ち上がっていた。
この男には叶わない、そう思うと同時に、確かめたくなったのかも知れない。

「ごちそうさま!」
「はい。」
「あっそれと!この前の、あれ、ナイショだかんね!」
「あれとは・・・ああ、キスのことですかな」
「いっ言わないの!とにかくナイショだから!」
「そうですな。私も命は大事です」

余計なリンの一言にリュックは頬が熱くなるのを感じたけれど、無視した。
ここで律儀に反応したら、更に追い打ちをかけられる気がする。
口ではこの男には勝てないのだ、それはいつも思っていた事だけれど、今回また更に強く自覚してしまった。

「その代わり、今後も我が旅行公使を是非ともごひいきに」
「あはは!」

冗談か本気か、そんないつもの決め台詞を告げられてしまっては、もう笑うしかなかった。

「そっちこそ、我らがカモメ団をどーぞごひいきにー!」
「おやおや、セリフを取られましたな」

大きく手を振って、リュックは駆けだした。
向かうは荷物置き場、リュック専用の通信スフィアが入っているバッグだ。
それを使って通信するのは、もちろん今頃ジョゼで働いているだろう彼。

すぐ来て、と言ったら、何と返されるだろうか。
会話はどうであれ、とりあえず来てくれる気がする。
何故なら今日は午後からオフだと言っていたし、呼び出すのは彼も大好きなナギアトラクションだし、何より呼び出し人が彼の“特別な女性”、なのだから。

「どーもー!リュックでーす!」
『おう、どうした』

ジョゼ寺院設置の通信スフィアに出たのはちょうどギップルで、私服に着替えているところから見て既に仕事は一段落したらしい。
それに自分を見た瞬間の瞳の色で、自分が予想していた事がこれから現実になることが確信できた。

「ね、これから遊ばない?」

だからリュックも、これ以上がないくらいの幸せな笑顔を返したのだった。









end.









これにて終了です!このお話、リンさんにいつものあのセリフを言わせたかっただけかもしれない^^;;
謎なタイトルは、5でリンさんに語ってもらったようなああいう理屈からくっつけて見ました、が、何かややこしい話にしてしまったかも;;とりあえずギップルは優しいけど好きな人には特別優しいよ!ってことで^^笑
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございましたー!
(100629)
inserted by FC2 system