ああ、面倒なことになった。 かといって今更追い返せないし、なあ。 はぁ。 溜め息を思わず溢したのは、都会の外れのやや安めだが割りに広いアパートの世帯主(とはいえ親のすねかじり)大学生・ギップルである。 猫背で胡座をかき、目の前のうんざりする状況にそれでも釘付けになっている。 Cigarette Kiss 〜I wanna be with you, baby.〜 2 「へー、君がかぁ」 「え?」 「あーっ!お、お茶!お茶飲むか、な!」 「茶なんて初めて出されるんだけど・・・つか茶なんてあるの」 「ある!待ってろ!」 この話題が言及されていくのはまだ待ってほしいと思ってしまったギップルは、というか何だか居たたまれなくて、初めてケヤックをお客様として取り扱った。 しかしお茶っ葉をざらざらと急須に入れながら気が付いたが、自分があの場からいなくなったとしても話題が続行されたら元も子もない、自分がいたたまれないのは同じである。 焦って間抜けなことをしたとようやく悟ったギップルは、大して蒸らしもせず急いで茶を淹れ、湯飲みから溢れさせそうになりながら慌ててリビングに戻った。 因みに何故この家に急須と湯飲みがあるのかといえば、彼の母親が使えと勝手に持ってきたからだ。 「・・・でね、俺とギップルはマブタチってわけよ」 「へー、仲良しなんだねぇ」 「この家にもよく来るんだ!割と!」 「ふーん!」 割とって何だ、とは、心の中のツッコミ。 この友人は以前、普通に遊びに来て3日間居座ったことがあるから、侮れないのだ。 そして意外に客が来たときの慣行をリュックが知っていたことに驚いた。 彼女の世界でもそうした風習はあるのかもしれない。 お茶を淹れるリュック・・・少し、見たかった。 じゃ、なくて! (自然に仲良くなりすぎだろ!) そこだ。 友人ことケヤックが来訪してまだ3分、まあ、5分は経ったかもしれないが、その程度だ。 しかし目の前にいる2人は、まるで旧知の仲よろしくの雰囲気を醸し出していたのだ。 (そりゃ俺とのときだって、特に仲悪かったとかなかったけど!) そわそわするような、苛々するような、どっちつかずの気持ちを持てあましながら、テーブルを挟んで2人の向かいにどっかりと座った。 ちらりと目線を寄越してきたのはリュックで、もちろん少しの助けを求めるような意味合いだったようだがそれも一瞬で、またケヤックに視線を返した。 それにしても、あまりにも自然に会話しているものだから、それでもってあまりにも2人の距離が近いものだから、落ち着かない気持ちを持て余してしまっていた。 そう実はしっかり自覚している、これはただの嫉妬だ。 格好悪くて認めたくない感情ではあるのだけれど、認めてしまわなければ得体の知れない苛々に押し潰されてしまいそうだったので、仕方がなかった。 一種の自己防衛だ。 こうしてある意味達観してしまうことで、余裕を以て大人になれる。 成功しているかと言われれば、まあ、そうでもないのだが。 「なあ」 「あ?」 と、それまでギップルなど眼中にないような態度だったケヤックが、突然話を振ってきた。 急だったので不機嫌な気持ちそのままに声が出てしまった。 しかしケヤックはさして気にした風もなくて、その様子は腹が立つような拍子抜けするような、微妙なところだった。 「2人の馴れ初めとか聞いていいの?」 「っ!」 だがその一言で、一瞬にして引いていくのを感じた。 何がといえば、全身の血液が、だ。 何故ならばケヤックがばかなことを言い出したからだ。 何故ばかなことなのかといえば空気を読まない内容だったからだ。 何故空気を読んでいない内容なのかといえば馴れ初めなんて話題をリュックの目の前で出してきたからだ。 何故リュックのいる場で馴れ初めの話をするのが空気を読んでいないのかといえば勿論、実際には二人は恋人でも何でもないからだ。 では逆に何故ここまでケヤックの誤解を解かなかったのかといえば、何ということはない、少しいい気分を味わいたかったからだ。 「・・・あー、あのな」 うまい交わし方が思いつかなかったので、単純にこの場で真実を話してしまおうと思った。 格好は悪いが致し方ないと割りきることにして口を開いた、が、思いもよらないところから横槍或いは助け船が入ったので、閉口せざるを得なくなった。 「あのねえ、あたしの一目惚れなの」 「え、」 「やっぱか〜!こいつルックスだけは人並み外れてるからなぁ」 笑いながらそう答えたのは他でもない、リュックだった。 そんな彼女を呆気に取られたような顔で見つめたギップルは、ぽかんとばかみたいに口を開けていた。 彼女の言っている意味がわからなかったのは一秒くらい、ただ彼女の意図が掴めず、半ば困惑したのだ。 「お前は幸せ者だなぁ、ギップル!こんな可愛い子にまで一目惚れされちまうなんてさ」 違う、違う。 そんなことではない。 脇で照れたように頬を掻く彼女を見すぎないように眺めながら、曖昧に笑った。 それは気恥ずかしいとか嬉しいとかこそばゆいとか、可愛らしい恋愛感情からでは残念ながらなかった。 或いはそれも混じっていたけれど、それだけではない。 困惑もしていたし、何故か焦ってもいたし、正直なところどうしたらいいのかわからず、その場を紛らわしくするために笑ったのだ。 「あ、ちょっとトイレ貸して」 ささ・と立ち上がったケヤックがドアを閉めた3秒後、ギップルは意を決した。 ちらりと一目目配せして、それから一度手元の珈琲に視線を戻して、そうしてまた彼女の方を向いた、ら、しっかり目が合ってしまったものだから驚いた。 肩がびくりと揺れてしまったのは、隠せなかったかも知れない。 「あのさ」 「え」 しかしそこはある意味維持をかけて、ギップルは先に口を開いた。 何となく、ここで先に開口されたら情けない気がしたからだ。 「さっきのことだけど、ほら、あいつ仲いい奴だからさ、家族は面が割れてるんだよな。だから兄弟って誤魔化すのはダメだろ。かといって他に体のいいの思いつかなくて、だから家族の次にありえそうな恋人って、つい、言ったんだ」 嘘を言ったんだ・とは、何だか言いたくなくて曖昧に濁してしまった。 それにしても取り繕おうとするときはよく舌が回るもので、必要のなかろうことまで口走っていた。 「あいつもあいつでさ、この前俺たちが買い物行ったとこ目撃して勝手にお前のこと彼女だと思ったらしくてさ、下手に否定するのもおかしいし、そしたら状況的にもそういうことにしちまった方が都合がいいかなーなんて」 まくし立てながら、言い方がまずいような気がしてきていた。 こんな言い方では、まるで成り行き上仕方なく・と言っているようだ。 但しこれは妥当な回答であるし別に問題はない、ないのだけれど、ギップルとしては納得できないし我慢できない。 変なわだかまりができてしまいそうだと感じた。 そこまではいかずとも、変なもやもやが生まれてしまう気がしたのだ。 元来正直者の男である。 嘘まではいかずとも、明らかに違う本心があるのにこうした言い回しをしてしまうのは、我慢できなかったのだ。 「つうか、な」 だからそれまで散々誤魔化そうとしていたにも関わらず、作戦とか目論見とかあらゆる打算を抜きにした発言が、最後にぽろりと溢れてしまった。 「恋人って言われたとき、悪い気しなくて・・・」 言ってしまってから、はたと気づいた。 今の発言は、なかなかに告白めいていなかっただろうか。 そして今不意に作り出してしまった沈黙は、切り崩すのがだいぶ困難なのではなかろうか・・・。 (まずい、ばか踏んだ) じんわりと頬が熱を持った気がした。 同時に背中を冷や汗が伝ったのを確かに感じた。 フォローしなければとは思うのだけれど、今は何を言っても墓穴を掘る自信があった。 しかし何かを言わなければならないことはわかる。 言わなければ、この沈黙・・・否、ギクシャクとした空気は壊せないだろう。 どうしようか、どうしようか・・・・ 「いや〜、ウォシュレットって癖になるよなぁ!」 「!!」 胃がキリキリし出したとき、助け船よろしく聞こえたケヤックの声に、助かったような残念なような気持ちがした。 台詞の内容は残念なものであったが、まあ、とりあえず助かったのは事実である。 「てめえ、人んちのトイレだからって遠慮しろよな!」 悪態はつくものの、心境としては頭を撫でてやりたいくらいだった。 気持ち悪いからしないけれど。 「悪い悪い、考え事してたらちょっとなぁ」 「考え事?」 「そう、考え事」 「似合わないね!」 「おいっ」 あっけらかんとリュックが厳しいツッコミを入れてきたが無事ケヤックは受け流し、「俺だってちょっとは考えるのよ」と自分の世界に浸ってみせる余裕すら見せた。 そんな彼を傍目に、ギップルは台所に立った。 先ほど焦っていて持ってくるのを忘れたスナック菓子を持ってくるためとそれから、一息つこうと思ったのだ。 何となくリュックの視線を感じたけれど、今は気がつかないふりをしながら。 「それにしても、人間変わるもんだなぁ」 「え?」 感心したようにしみじみと口を開いたケヤックに、リュックは何の気なしに首を傾げた。 それがギップルの話題であることは承知の上で、それに少し胸を膨らませながら。 「あいつもっとさ、軽い感じだったんだよ。女の子と付き合うの。でも君のこと見る目がいつもと違うの、俺でもわかる」 「・・・」 「あんな奴だけど、いい奴だから。これからも仲良くやってくれな」 彼にしては珍しく真面目な顔をして、真面目に話をした。 この場にギップルがいたら大笑いでもしていただろう。 残念ながらこのときのケヤックは一年に一度あるかないかの本当に真面目な瞬間であったので、話題の本人に聞こえないように配慮し小さな声で話していたため、聞こえなかったようだが。 「・・・ん」 返事をしたリュックは、はにかむように微笑んだ。 少なくともそう見えたケヤックは、親友とも呼べる友人の恋人に幸せな真実を告げることで、今までになく本気の交際中らしい二人の中を更に深められる要素を与えられただろうと思えたし、またこの女性と少し仲良くなれただろうとも思った。 だから満足して、テレビでも一緒に見ながらギップルを待とうという考えに至り、勝手知ったる様子で電源を入れた。 continue. ケヤック訪問編はとりあえずここまでです^^いい雰囲気に見えるでしょうか・・・。 ほのぼのしてるのも、あとちょっとなのです・・・わお。 前回から2ヶ月近く更新が空いてしまったことに蒼白になりながら、アップしてみました・・・。おそくなってしまって・・・すいません!>< (110505) |