口の中が乾いてるなんて、久しぶりだった。 でも、これだけはしっかり、言わなくちゃ。 あたしのために、この子のために。 ほむら、ひとつ 10 「あのね」 器用な話し方はできないから、考えたことを頭から順に引き出していくことにした。 こういう内容だし、しかも自慢じゃないけどリュックちゃん、あんま喋りうまくないから。 ・・・てか、ただ、全部聞いてほしいと思っただけ。 「・・・う、嬉しかったよ、今も・・・・・・・・・ほんとは、あのときも」 「!」 こっちから認めるのは、相当勇気がいると思ったけど。 意外と言葉はあっさり出てきて、少しだけ安心した。 でも、あたしの言葉を聞いて少しだけ嬉しそうな顔をしたギップルの顔を見て、更に言わなくちゃいけないことが言いづらくなってきてしまった。 怖く、なってきた。 「じゃあ、」 「待って!・・・全部、聞いて」 「・・・?」 何か言いたそうな顔だけど、敢えて、いや絶対、口を挟ませないようにしてしまおうと思った。 障害は少しでも減らしていないと、言いづらいったらないもん。 ただでさえ、・・・あー、手に汗握ってる、ってのに。 「嬉しかったって気づいたの、ホントについ最近だったの。あの・・・あのときは、まだ、あんたへの気持ちがよくわかんなくて・・・そういう意味で好きかよくわかってなくて、・・・それなのにイキナリあんなことしちゃって、正直頭ついてけてなくて」 目を見て言えたら理想的、って思うけど、実際無理だ。 ただ、さっきはこいつの靴ばっかり見てたのが、お腹辺りを見据えられてるってのは、結構地味にがんばってるとこだと思う。 「で・・・」 手の、握る方に汗をかくときって、凄い緊張してるときだって聞いたことある。 今なんか手、じんわりきてる感じ。 「やっぱあたしもあれから・・・色々、考えて」 考えざるをえなかった状況だったことは、少し置いておいて。 「あんたのこと・・・、好きだって、思った」 手にいっぱい溜まった汗を握りしめるように、ぎゅって拳を作った。 爪が少し食い込むような感触がしたけど、それくらい気合い入れないと、声が震えそうで。 「でもね」 でも身体の震えはどうにかなったのに、目の方はもうどうにもならなかった。 だって泣きたいときは泣いてたから、涙の堪え方なんて練習したことなかったし。 どうしよ、もう結構これ、涙出すぎてブサイクな感じ。 でもどうしても最後は、声あんまり出なくってもいいから、顔見て言いたかった。 あんたの生の反応を、見なくちゃいけないって思ったから。 「言えなかった!好きって気づいても・・・言えないの」 やっぱり驚いてる顔、してた。 ていうか、呆気にとられてるような顔。 不思議、今凄い必死なのに、どこかで自分を別の人みたいに捉えてるあたしがいる。 でもこれもあたし。 あたしのこれからと、赤ちゃんのこれからと、・・・こいつのために、こいつの態度をちゃんと判断しなきゃっていう、あたしの気持ちがいるのがわかる。 熱い気持ち必死に抑えて、冷静ぶってるあたしがどうしても、いる。 その冷静なあたしはやっぱりどこかで、言わない方がいいんじゃないのって言ってる。 「うやむやになんて絶対したくなかったけど、気持ちに整理ついたけど、言っちゃダメだったの」 だけどどうしても、熱い熱い気持ちが全てだから。 言いたいし、言わなくちゃならないし、言うなら今だし。 言うよ。 「・・・何で・・・」 「・・・」 さっきまでずっと、力入れすぎて白くなってた拳を開放した。 若干痺れてて、少し震えてるのがパッと見でもわかった。 それでも一つ唾を飲んで、その手を伸ばした。 ギップルに。 片膝立てて傍にしゃがんでたギップルの、空いてる方の手首を無造作に掴んだ。 一瞬びくってしてたけど、なされるがまま。 そりゃそうか、告白したらいきなり泣かれちゃうんだもん、びっくりだよね。 どういう反応が返ってくるかなんて、さっぱりわかんない。 だって好きと、イコールいきなりオヤジになるってのは、違うから。 一足飛びどころじゃないよ、三歩四歩飛び越えた感じ。 でも願わくば、・・・お願いだから。 「あのね」 次のびっくりにも、耐えてみせて。 あたしが、好きなら。 「いるの」 引っ張った手を、自分のお腹にそっと当てた。 丁度掌がへその辺りを隠すように、両手で優しく、でもぎゅっと押し当てた。 こんな状況だけど、その状態に少しだけ嬉しくなった。 「あの日から・・・ここに」 「・・・」 「赤ちゃん!」 「・・・・・・・・・!!」 言った。 言った後、ギップルの顔見てられたのは、2秒くらい。 どうにも目が開けてらんないくらい目が壊れちゃったのと、やっぱり、怖くて。 2秒間、ギップルの顔は変わらなかった。 あたしがさっきまで話してた間と同じ顔・・・呆気にとられてるような、驚いてるような、何考えてるのかよくわかんない顔。 それが変わるのを見たくなくて、怖くなった。 ぎゅっと目ぇ瞑っちゃったから、2秒後こいつがどういう顔してるのかさっぱりわかんない。 だから今あたしにできることと言えば、反応待ち。 言葉一つでもいい、手を払いのけることでもいい。 何かアクションを取られたら、多分あたしは反射的に立ち上がって、走ってく気がする。 ほんとは一緒にいたいけど。 この子と一緒に、笑いたいけど。 そうなる可能性がさっぱり見いだせなくて、ただただ怖い。 「ぜ、前言撤回なら、今のうちなんだからね・・・!」 言えたのはせいぜいそんな、ばかみたいな言葉だった。 ばか、確かにばかだあたし、またこんなこと言って、可能性縮めて。 「ばか」 「っ」 「ホントばかだ、・・・ちくしょう」 ・・・。 意味深すぎて、何も言えない、アクションも取れなかった。 違う、何か、ストレートすぎて、・・・ショックすぎて、動けない。 目が・・・熱い、熱すぎ。 ただ、独り言みたいにぽつりと呟いたから、よくよく考えるとどう捉えていいのかわかんない言葉だった。 とりあえずそれきり何でか黙ったギップルの前から逃げようと思って、握りっぱなしだった手を放そうとした。 「、ぁ」 でも力を抜いた手を、今度は逆に掴まれてしまった。 がっちり離れないように、しかも少しだけギップルの方に引かれたから、身体が抵抗なく前のめりになって、顔を上げる格好になった。 しまった、って思ったのも、束の間。 こいつがあんまりにもまじめな顔してたから、自然と身体が固まった。 「・・・あの日、から、・・・宴会の日だから・・・優に三ヶ月は、経ってるよな」 「・・・ん」 「もっとか・・・あと何日かしたら、四ヶ月は、経つ・・・、医者、には?」 「・・・行ったよ」 「・・・そうか・・・、くそ!」 何、何、何なの。 何で勝手に悔しそうなの、悔しいの、これ? あれ、怒ってるのかな・・・あ、混乱してる・・・? よくわかんなかったけど、何となくわかったのは、こいつが自分にばかって言ってたこと。 だって何か、目が、他のアルベドより少し色素が薄いこいつの緑が、滲んでる。 「恥ずかしい」 「ぇ・・・」 「俺が、こんなだったから、・・・言えなかったんだろ」 「・・・」 そうといえば、そうだったので、酷いかなとは思いつつ、頷いてみせた。 そしたら肺の中の空気たっぷり全部吐き出すような大きな溜息を吐いて、ギップルは黙り込んだ。 まじめ顔のまま、じっと。 それをあたしはただ、じっと見つめた。 「・・・つまり、あれか」 「・・・」 「俺が、・・・父親・・・、とか・・・」 父親。 その単語を言うのに、またこいつはたっぷり空気を使ってた。 そんでそれを言うなり、ずるずる力が抜けてくみたいに、あたしの肩に顔を埋めた。 遙か昔、そうまだホームでこいつも一緒に暮らしてたような小さいとき、こういうことがあった。 一人じゃやりきれない、苦しくて辛いことがあったときに、たまたまあたしが遭遇して、こうして肩を貸してあげた。 苦しくて、辛い。 昔はね。 今は何でか、そうじゃないことがわかった。 伝わって来るみたいに、わかった。 目の前の、事実を。 今こいつ、飲み込もうとしてる。 そんで、受け入れようとしてるって。 「・・・」 「・・・」 どういう気持ちなんだろう。 やっぱり最初のあたしと一緒、あの日のことを後悔してるのかな。 それとも、あたしのこと好きって気持ちで、乗り切ろうとしてるのかな。 それか、やっぱりあたしのこと好きって言ったさっきの言葉が、軽くなっちゃったかな。 どれでもいいと思う。 いや、そりゃ、第一希望は、決まってるけど。 でもここまで来て、・・・こいつがあたしのこと好きって言ってくれて、あたしが溜め込んでた言いたいこと言って、まさに今こいつはあたしのこと、あたしとの将来のこととか、色々ぐるぐる考えてる。 これまでのあたしみたいに。 それが痛いくらいわかる今、何故か凄く満たされた。 ここでもし殺されたって、満足して異界に行けるかも。 ・・・あ、いや、やっぱダメか。 あたしもう一人じゃないし。 「リュック」 「!は、はい」 突然名前を呼ばれて、びっくりした。 波紋一つないくらい静かだった気持ちが、その言葉一つでまた慌ただしくなった。 ああ、正面から改めて見たら、やっぱりいい男に成長したなぁなんて、場にそぐわないばかみたいなことを思った。 見た目だけじゃなくてさ、何かさ。 「・・・この子」 とん、と、ギップル自らあたしのお腹に手を触れた。 「いつから、お前が知ってたのか、知らないけど、・・・俺は、情けねぇけど今お前に言われるまで、知らなかったし、気づかなかった。・・・悪い」 「あ、謝んないでよ」 「いや、俺が、悪いんだ。酒なんかに飲まれること最近なかったから・・・調子に乗ってたのかも知れねぇし」 「・・・」 な、何でこんなに謝るの。 そりゃ、確かに、謝るようなこともあるけど。 でもこんな謝られちゃ、何か、嫌なこと想像しちゃうって・・・。 ざわざわしてくる気持ちを必死で抑えながら、何とか普通に会話しようとした。 うん、できてると思う、けど、長い付き合いのこいつに通じてるのかはわかんない。 「・・・今まで、それなりに女と付き合ってきた、・・・でも、どれも将来家庭持って幸せにしてやりてえとか、考えたこともなかった」 「・・・当たり前だよ・・・あんたまだ、19じゃん」 「そうだ、俺はまだ、たった19年しか生きてねぇ、ガキだ。やるこたやってきたつもりではいるけど、まだまだ人間としては未熟だって、わかってる。・・・でもな!」 声を荒げながらがっしりと、肩掴まれた。 さっきまで頭埋めてたあたしの肩を、今度は支えるように、大きな掌で掴んでる。 「毎日命張って生きてきた!」 「・・・」 「今はホントに命の危険を伴う存在がなくなったけど、でも、どの仕事も命懸けてやってる。絶対だ」 「・・・うん」 「だからさっきお前に言ったことだって、命懸けてもいい位本気だ」 「っ」 「リュック」 熱っぽい目が、あたしを捉えた。 あの日だって見つめられた目は熱を持ってた筈だけど、今初めてこいつのホントの熱を見たような気にさせられた。 掌で、目で、言葉で、身体の全てで、きっちり捕まえられたみたいな気分だ。 そのくせやっと止まってきたあたしの涙を拭う指先は、これ以上ない位、優しかった。 「愛してる」 「ぎ、」 「お前も、・・・この子も」 「・・・っ」 「頼むから、俺のこと・・・信じてくれ」 咄嗟に出てきた、言葉は。 「うんっ」 力一杯の肯定だった。 その瞬間力強く抱き寄せられて、ギップルの胸に頭を埋めた。 その大きな背中に両手を回して、精一杯しがみついた。 「・・・一緒に、生きてくれ」 「うん」 「・・・・・・ありがとう」 「・・・」 ありがとう。 不思議な言葉だと思った。 今こそ似つかわしくなくて、また凄くふさわしい言葉だと思えてしまって。 何に対して、とか、どうして、とか、思うことはいっぱいあるのに、どうしてかあたしまでも、感謝の気持ちでいっぱいになる。 ああ、これ、ハハナル、ってやつなのかな。 とにかく今は難しいことは置いておくことにした。 ただただ今は、目の前の体温を感じていたかったから。 神聖な結婚式みたいなこの空気を、ずっと味わっていたかったから。 Continue. おおお・・・。ついに書きたかったとこナンバー1が書けました。色々思うことはありますが、あまりこのシーンでぐちゃぐちゃ言いたくないので、やめておきます。 (091017) |