今回のジョゼからの仕事内容もまたそれほど大がかりではなかったため、リュック一人で向かった。
アニキに至っては「簡単な仕事ならギップルの助けなどしたくなーい!」と宣い、ダチは「すまんが今日は別の仕事が入っていてな、一人で頼む」とのことだった。
まあそれはそれで好都合だ・なんて思いながら、若干久しぶりにジョゼの地へ足を踏み込んだのだった。









天秤の底の穴 4









「お嬢さん久しぶりね」

寺院に入ってすぐ、アルベドの女性にそう声をかけられた。
にっこり笑いかけられながらそんな言葉をかけられ、少しだけ複雑な気分を味わった。 確かにここはアルベドの人間が多く、カモメ団も親近感を抱く場所である。
ジョゼとビーカネルからのSOSは他の場所からのSOSよりも、比較的特別扱いしていたほどだ。
でもまさか、たかだか一週間ちょっと足を運ばなかっただけで「久しぶり」なんて言われるとは。
ここ数日は気持ちをクールダウンさせるのに丁度良かったんだなぁなんてことをちらっと思った。

「仕事だけど、今回は何するわけ?」
「多分ミヘン街道の警備マキナの修理だと思うわ。今皆で取り組んでいるの。でも詳しいことは私にはわからないから・・・とりあえずギップルのとこへ行ってみてくれる?」
「ん、りょーかい」

いきなりかい!とは、リュックの心の中のツッコミであり、別段表に出さなかったのは自分で誉めてあげられるところだった。
まあ名目上の雇い主に最初に仕事の内容を聞くのは当たり前だから覚悟はしていたものの、慣れた場所であるし会わない可能性もなきにしもあらず・なんて考えたりもしていたからだ。

だがしかし、予想の範疇である。
リュックは軽快なステップで、いつも彼がいる控え室に向かった。

(何故軽快なステップになったかといえば、くだらないことだがいくつか理由がある。 一つは今ならギップルに会っても普通に接する事ができるという自信から。
もう一つは、悩んでいたとはいえ一週間以上も自分を抑えた生活をしていたことがストレスになっていたため、それをもう考えなくてもいいという開放感から。
最後の一つは、久々に嗅ぐオイルのにおいがアルベドとしての彼女を興奮させたからである。)

「ギップルー、来たよ!」

だからドアを開けながら発したのは、そんないつも通りの言葉だった。
一定期間、気付かれなかったとはいえ故意に避けていた場所を訪れるにはあまりにも高いテンションをもってであった。

「!」
「!」

しかしドアの向こうに開かれていた光景はまるでカオスで、リュックは呆気にとられた。

端的に言えば、ギップルと知らない女性が、若干近すぎるのではないかという顔の距離で何事か話していた。
状況はと言えば、女性が書き物をしていて、ギップルがそれを覗き込んでいる様子。 更に言えば、また“いい感じ”の雰囲気であり。
また更に言えば、この前リュックが目撃した“ギップルといい感じの雰囲気を作り出していた女性”とは、別人であった。

「シドの娘、早かったな」

それの何がカオスかといえば、ギップルの表情である。
元気な声をあげながら部屋に乱入してきたリュックを、優しい笑顔で迎えたのだ。
しかもどこか、安心したような雰囲気すら感じられた。
幾分久しぶりに来た幼馴染みの元気な姿にほっとした、なんて理由ではまかり通らないように感じたのは、そんなギップルの隣で女性がやや恥ずかしそうな顔をしていたからである。
まるで、何か大切な秘密をリュックに知られてしまったかのような。

「・・・」
「?どした」

閉口してしまったのは、仕方がないかも知れない。
以前目撃した女性と同一人物ならうまく対応できただろう。
そういう気構えを作ってきたからだ。
でも、別人の場合どうすればいいのだろうか。
特別な雰囲気を作る・・・はっきり言えばいちゃいちゃする女性が複数人いるらしいというのは、新発見にして衝撃的であり結構なイメージダウンに繋がった。

「あんたさぁ・・・」
「ん?」

黙っていたリュックに、ひょこひょこと近づいてきたギップルは大分下で俯いている顔を律儀にも覗き込んだ。
そしてそのあまりにも歪んだ表情にぎょっと驚いた。

「扱いがうまいっていうか、ただのタラシじゃん!」
「はぁ?」
「何人くわえこんでんのよ、このスケベ!」
「スケベ!?」
「あーっ、てことはあたしもその中の一人じゃん、サイアク!」
「お前何言って、」
「貴重な時間無駄にしちゃったよ!あーあーやだやだ!」
「何の話だよ!」

まさに今この瞬間、リュックの中で「ギップル=タラシ」という公式が勢いよく立ち上がってしまった。
そしてその瞬間に思い出されたのは、まだギップルがアルベドのホームで暮らしていた頃の事。
そういえば女の子に対してスキンシップ過多だったような・・・自分含め。
そういえば故郷の男友達の中で一番早く彼女を作ったような・・・。
そういえば・・・。

「証拠ありまくりじゃん!」
「だから何の話だっつの!」

端から見れば何の脈絡もなく、口喧嘩が始まってしまった。
さきほどまでギップルと一緒にいた女性は空気を読んだのか用事があったのか居たたまれなくなったのか、そそくさと出て行ってしまった。
しかしそれによって開いたドアから音が漏れ、喧噪を聞きつけたお祭り好き、もとい世話好きなアルベド達が何だ何だとちょろちょろ集まってきてしまった。
しかし当人達はそんなことには全く気がついていない。

「久しぶりに来たと思ったら何に怒ってんだよお前は!」
「あんたのせいでしょーがぁ!」
「俺!?俺が何したよ!まだ何もしてねぇだろうが!」
「何もしてないって何ソレ!何するつもりだったのよばか!」
「何するって・・・はあ!?まるで俺がお前に何かしたいみてーじゃねぇか!」
「あーそうですね!ギップルはあたしに何かしたいんじゃなくて、大好きな女の子なら誰にでも何かしたいんですもんね!」
「人を何だと思ってんだっつーの!変態か俺は!」
「変態じゃん!」
「ふざけんな!」

初めこそ困惑気味だったギップルも、変態扱いされて腹がむかむかしてきたらしく、次第に声を荒げてしまっていた。
しかしそれに怯むリュックでもなく、売り言葉に買い言葉、プラス本音や感じたことを入り乱れさせながら、最早言いたい放題である。

「この前だって知らない女の人といちゃいちゃしてたじゃん!」
「この前!?いつの話だ!」
「あたしが最後に来た日!」
「10日前?・・・あれがいちゃいちゃ!?してねぇよ!喋ってただけだろ!」
「超顔近かったじゃん!さっきだって・・・あの、キス・・・しそうなくらい、さぁ!顔近かったもん!」
「機械音で邪魔されて声が聞こえねーから耳近づけただけ!皆が皆お前みたいに声でけえ訳じゃねーの!」
「何それー!あたしの声が聞こえないときは声小さいって文句言うくせに!近づけばいいじゃん!」
「お前にそんな顔近づけてられっかよ!」
「何でさぁ!」
「お前じゃ何か、こっぱずかしいだろうが!」

本人達は至って真面目に口論を続けている。
何だかヒートアップしてきた様子であるし、軽く取っ組み合いになりそうな勢いすらある。
ただ、その内容を冷静に考えている余裕はないようである・・・。

「じゃあ何か、変態ってのはそのことで、お前わざとジョゼ来なかったのか!」
「悪い!?変態の顔なんて見たくなかったんだもん!」
「勝手に誤解してばかなことしてんじゃねぇっつの!」
「誤解!?じゃああたしにしたことも誤解なんだ!お姫様抱っこしてって言ったらすぐにしてくれたり仕事中顔にスス付いてたの拭ってくれたり」
「おま、」
「失敗して落ち込んだとき頭撫でて励ましてくれたり二人っきりで仕事してたときにくっついてきたり、」
「・・・・・・・・・・・・」
「わかってるよ誤解なんて、昨日まででちゃんと理解した!でもさぁ、そんだけされたら誰だって誤解するじゃん!期待するじゃん!当たり前じゃんかぁ!」

最後の方は泣き声混じりだった叫び声が、寺院に木霊した。
わん、と響いた自分の声に、あれ?と思ったリュックは我に返った。
おかしい、静かなジョゼ寺院なんてありえない。
何故なら先ほども二人の口論にも上がったように、多少の声ではかき消えてしまうくらいには、活動時は騒がしいからだ。

からん、と音がした方に、咄嗟に顔を向けた。
見ればドアが半分以上開いており、そこから所狭しと見知った顔がこちらを向いている。
その大体はぽかんと口を開き、呆気にとられた風。
数人はほんのり頬を赤く染めていたり、笑いを堪えていたり。

「リュック・・・」

勇敢にも声をかけてきたのは、リュックやギップルと同世代の男性。
因みに彼は、頬をポッと染めた派だ。

「それって、さぁ・・・誤解じゃ、なくね?」
「は?」

その言葉に何を言っているのか、と眉根を寄せたまま、そういえば途中から閉口したギップルを振り向いた。
彼は、驚いたように目を見開きながら、先ほどまで繰り広げたあまりにもな口論の内容に気付いて耳まで真っ赤にしながら、少し顔を反らして俯いていた。
しかし俯くと逆に背が小さいリュックからは彼の顔がばっちり見えるわけで。
何となくわかってきた事の真相に、果てはリュックまでもが耳まで真っ赤になる始末。

それから10秒後、空気を読んだその他のアルベド族らは、そっと部屋のドアを閉めたのだった。









continue.









何だこの恥ずかしい事の顛末!^^すいません、1と話のノリが違いすぎる!笑
そんなラブオチです。あれ、今まで書いたのの中で一番甘い気がする・・・!というか痒いかも・・・!
そしてちょっと忘れられた感じのリンさん、5にて再登場しておいしいところを持ってっていただこうと思います。よろしければもう少しお付き合いくださいませ。
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